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ヘーゲル『精神現象学』覚書(7)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

ヘーゲル精神現象学』(承前)

序文(承前)

矛盾の把握の仕方

いっぽう或る哲学的体系に対して矛盾していることがみとめられる場合,ひとつには,その矛盾そのものがこうしたしかたではふつう把握されない.もうひとつには,意識がその矛盾をとらえたとしても,当の意識はつうじょう,矛盾をその一面性から解放し,あるいは自由なものとして保持することを知らない.さらには,あらそい,反対しあっているかに見えるものが採っている形態のうちに,たがいに対して必然的な契機を認識するすべも知らないのである.

Hegel1807: ⅳ,熊野訳(上)13頁)

ここでヘーゲルは,通俗的な把握の仕方に対する批判を展開している.

 第一に「或る哲学的体系に対して矛盾していることがみとめられる場合,ひとつには,その矛盾そのものがこうしたしかたではふつう把握されない」.ここで「こうしたしかたでは auf diese Weise 」と言われているのは,意識がただ矛盾の存在を認めるだけで,それを「全体の生命」の観点から体系的に捉えていないということであろう.

 第二に「意識がその矛盾をとらえたとしても,当の意識はつうじょう,矛盾をその一面性から解放し,あるいは自由なものとして保持することを知らない」.これも同様に,意識が矛盾の一面性に固執することによって,つぼみが花開くようにして前の形態を否定していくことで変化していく「流動的な本性」を見落としているという批判である.

 第三に「あらそい,反対しあっているかに見えるものが採っている形態のうちに,たがいに対して必然的な契機を認識するすべも知らない」.これは要するに,反対しあっているものどもを「有機的な統一の契機」とみなすことによってそれら対立物のうちに必然的な連関があることを見落としているという批判であろう.

 裏を返せば,上述の批判のうちに,ヘーゲル自身による矛盾の把握の仕方と彼の哲学における体系への志向性が見えてくるはずである.

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