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ヴィーコ『新しい学の諸原理〔1725年版〕』覚書(1)

目次

はじめに

 以下ではヴィーコ『新しい学の諸原理〔1725年版〕』(上村忠男訳、京都大学学術出版会、2018年)を読む。

 本書を取り上げる意義は、まさにヴィーコ『新しい学』の〈初版〉であるという点にある。すでにこのブログでは『新しい学』第三版(1844年版)の読解を進めてきたが、『新しい学』第二版、第三版に見られる大きな特徴として、あの有名な口絵が導入されたという点が挙げられる。これに対して、『新しい学』〈初版〉の段階ではまだ口絵というアイデアは存在しなかった。〈初版〉は口絵の説明を「著作の観念」の導入として使用するという手続きを取っていないので、当然その記述の仕方も第二版や第三版とは異ならざるを得ない。

ヴィーコ『諸国民の自然本性についての新しい学の諸原理——それをつうじて万民の自然法のいま一つ別の体系が見出される』1725年、標題紙)

ヴィーコ『新しい学の諸原理〔1725年版〕』

著作の観念

 まず『新しい学』〈初版〉に特徴的なこととして、「著作の観念」が1ページのうちにまとめられている点が挙げられる。これに対して第二版・第三版では、「著作の観念」は、1枚の口絵の説明に何ページも費やされ、膨れ上がっている。おそらく〈初版〉の段階では、1ページ以内で著作全体の見通しが立つようにまとめられたのに対して、第二版・第三版では1ページ以内にまとめるという役割は口絵が担うことで代替されているのではないかと考えられる。

《ユビテルからムーサたちは生まれた》ウェルギリウス

著作の観念

つぎのような著作の観念、すなわち、諸国民の自然本性から諸国民の文明は生じているのであって、文明はどの国民のもとにあっても宗教とともに始まり、もろもろの知識、学問、技芸とともに完成を見るにいたっているという観念のもとで、諸国民の自然本性についてのある一つの学が構想される。

第一巻

《人をも地をも知らぬまま、わたしたちはさまよっていた》ウェルギリウス。異教の諸国民は、トマス・ホッブズのいう放縦で乱暴な者たち、フーゴー・グロティウスのいう、だれもが孤独で、弱くて、何から何まで欠いている、単純な者たち、ザームエル・プーフェンドルフのいう神の加護も援助もないままこの世界に投げ出された者たちからやってきた。そうした者たちの野獣的放浪のうちにこの学を発見するという目的の必然性と手段の困難さ。

第二巻

《神々によって定められた法》——詩人たちによって共通に用いられてきた表現。将来を先見している神的な存在のものであると信じられたお告げや命令にもとづいてすべての異教諸国民は生じた。そうした神的なものの観念から導き出されるこの学の諸原理。

第三巻

《万民の神聖なる掟》——古代ローマの伝令使たちによって用いられた表現。すべての諸国民に共通のある一つの言語から導き出されるこの学の諸原理。

第四巻

《永遠の法》——哲学者たちの表現。万民の自然法の体系全体をそれぞれの有する一定の永遠の特性でもって構成しているもろもろの習俗がどのようにしていつ誕生したのかを、一定の個別的な様式および一定の限定された最初の時代を示すことによって確立する証拠の根拠。それらの習俗が永遠の特性を有していることは、それらの自然本性あるいは生誕の様式と時代とがそのようなものであってそれ以外のものではないことを証明している。

第五巻

《人類の契約》——歴史家たちの表現。諸国民が、さまざまに異なる場所、さまざまに異なる時代において、宗教と言語の同一の諸原理にもとづいて、同一の誕生、前進、停止、衰退、終焉を展開しつつ、手に手をとりあって人類世界へと広まっていくさいの素材の装置一式。

(Vico1725: 8; 上村訳7〜10頁)

単語
  • l.1.(羅)【前置詞】A「(奪格支配)〜から」: 前置詞ab
  • l.1.(羅)【名詞】Iove「ユピテル」: 固有名詞Iupiterの男性単数奪格
  • l.1.(羅)【名詞】Principium「始まり」: 中性名詞principiumの単数主格
  • l.1.(羅)【名詞】Musae「ムーサの」: 固有名詞Musaの女性単数属格
  • l.2.【名詞】Idea「理念、観念」: 女性名詞ideaの単数形
  • l.2.【縮約】dell': 前置詞di「〜の(所有)」と定冠詞laの縮約
  • l.2.【名詞】Opera「著作」: 女性名詞opera
  • l.3.【縮約】Nella: 前置詞in「〜において」と定冠詞laの縮約
  • l.3.【関係代名詞】quale: la quale(女性単数形を指す)
  • l.3.【再帰代名詞】si「自分自身」
  • l.3.【動詞】medita「構想する」: 動詞meditareの直接法現在/三人称単数
  • l.3.【名詞】Scienza「科学、知識」: 女性名詞scienza
  • l.3.【副詞】dintorno「〜についての」
  • l.3.【縮約】alla: 前置詞aと定冠詞laの縮約
  • l.4.【名詞】Natura「自然」: 女性名詞natura
  • l.4.【縮約】delle: 前置詞di「〜の(所有)」と定冠詞leの縮約
  • l.4.【名詞】Nazioni「諸国民」: 女性名詞nationeの複数形
  • l.4.【縮約】dalla: 前置詞da「〜から」と定冠詞laの縮約
  • l.4.【関係代名詞】quale: la quale 女性単数形(ここではNatura「自然」を指す)
  • l.4.【動詞】è: 動詞essereの直接法現在/三人称単数
  • l.4.【分詞】uscita「生じる」: 動詞uscireの過去分詞uscitoの女性単数形
  • l.4-5.【名詞】Umanità「フマニタス、人文学」: 女性名詞umanità(不変化)
  • l.5.【縮約】delle: 前置詞di「〜の(所有)」と定冠詞leの縮約
  • l.5.【限定詞】medesime「同じ」: 限定詞medesimoの女性複数形(ここではNationi「諸国民」を指す)
  • l.5.【関係代名詞】che: ここではUmanità「フマニタス、人文学」を指す
  • l.5.【前置詞】a
  • l.5.【形容詞】tutte「すべての」: 形容詞tuttoの女性複数形(Nationi「諸国民」にかかる)
  • l.5.【動詞】cominciò「始まった」: 動詞cominciareの歴史的過去/三人称単数
  • l.6.【前置詞】con「〜と一緒に」
  • l.6.【名詞】Religioni「諸宗教」: 女性名詞religioneの複数形
  • l.6.【形容詞】compiuta「完成した」: 形容詞compiutoの女性単数形
  • l.6-7.【名詞】Scienze「諸科学」: 女性名詞scienzaの複数形
  • l.7.【名詞】Discipline「諸分野」: 女性名詞disciplinaの複数形
  • l.7.【名詞】Arti「諸芸術」: 女性名詞arteの複数形

この1ページによって本書の概要が示されている。本書は五つのチャプターから成る。

 まず冒頭に「ユピテルからムーサたちは生まれた」とあるが、これはウェルギリウス『牧歌』からの引用である。これは本書全体を理解する手掛かりとして示されているのだろうか。この引用は『新しい学』第二版・第三版には見られないので、初版に独自な特徴である。

 第一巻ではホッブズ、グローティウス、プーフェンドルフという国際法をはじめとする法学で有名な三名の哲学者の名が挙げられている。「野獣的放浪」のうちにある異教諸国民を考察するにあたっては、いわゆる自然状態が想定されている。

 第二巻では「神的な法」が取り上げられる。神託は人間の恣意を超えたものであり、人間の決定はここでは力を持たない。

 第三巻では「万民の法」が取り上げられる。「共通のある一つの言語」とはラテン語のことであろう。

 第四巻では「永遠の法」が取り上げられるが、ここには「哲学者」が関わりを持つ。法のあり方が永遠の特性を持っているということは、時代状況に左右されないということであるが、「永遠」には本来終わりがないとしても、少なくともその特性に矛盾するかのように起源としての始まりはあって、「一定の個別的な様式および一定の限定された最初の時代」という規定された文脈のなかで生まれたとされる。

 第五巻では「人類の契約」が取り上げられるが、これは要するにお告げ的に降りてきた「神的な法」とは対照的に、人間同士の協約によって発生した人為的な法である。

(つづく)

文献