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ヴィーコ『新しい学』覚書(1)

目次

はじめに

 この連載ではジャンバッティスタ・ヴィーコ『新しい学』(上村忠男訳、中公文庫)を読んでいきたいと思います。この邦訳は『新しい学』の第三版(1744年)を底本としたものであり、そのより正確な書名はジャンバッティスタ・ヴィーコ『諸国民の共通の自然本性についての新しい学の諸原理』です。

 この第一版(1725年)の翻訳は、ヴィーコ『新しい学の諸原理[1725年版]』(上村忠男訳、京都大学学術出版会)として出版されています。

著作の観念

扉頁の前に置かれている絵の説明

 『新しい学』には次のような口絵が挿入されています。

(Vico 1730. 『新しい学』1730年版の口絵。〈D.M.〉(死者の霊に)の碑銘が認められる。)

(Vico 1744a. 『新しい学』1744年版の口絵。この口絵ではかつての1730年版にあった〈D.M〉の碑銘が彫り忘れられてしまったという*1。)

ヴィーコの『新しい学』はこの絵の説明から始まります。というのも、この図版を念頭に置いて読むことが、『新しい学』の「理念」を理解する助けとなるからです。

テーバイのケベス :口絵と記憶術

 ヴィーコは冒頭で次のように述べています。

テーバイのケベスが道徳的なことがらにかんして作成したのと同じような国家制度的なことがらにかんする図版をわたしたちもここに提示するので見てもらいたい。この図版は、読者にとって、この著作の観念を、これを読むまえに自分のうちに宿しておき、また読んでしまったのちにも、想像力の援助を得て、よりたやすく想い起こすのに役立つはずである。

(Vico 1744:1、訳17頁)

ここで最初のパラグラフを原著と上村忠男訳から引用したのですが、原文と比較すると邦訳のゴシック体の部分が元のイタリックや大文字の箇所と一致しないことが見てとれます。邦訳の凡例を参照すると「ゴシック体の部分はニコリーニの校訂本によって隔字体になっている部分である」と断り書きがしてあります。つまり邦訳でゴシック体になっている部分は、ヴィーコ自身の手による強調ではないということです。原文のイタリック等を反映させると次のようになります。

テーバイのケベス道徳的なことがらにかんして作成したのと同じような国家制度的なことがらにかんする図版をわたしたちもここに提示するので見てもらいたい。この図版は、読者にとって、この著作の観念を、これを読むまえに自分のうちに宿しておき、また読んでしまったのちにも、想像力の援助を得て、よりたやすく想い起こすのに役立つはずである。

(Vico 1744:1、訳17頁、強調引用者)

 ところで冒頭の「テーバイのケベス」とは一体何者なのでしょうか。上村忠男は次のように説明しています。

テーバイのケベスは紀元前四世紀の哲学者で、ピュタゴラス派のピロラオスの弟子。プラトンの対話篇『パイドン』に、おなじくテーバイの出身でピロラオスの弟子であったシミアスとともに、ソクラテスの主要な対話者として登場するといえば、あるいは思いあたる人も少なくないかもしれない。『クリトン』(45B)によれば、シミアスといっしょに、ソクラテスの脱獄のための金を用意してアテナイにやってきたとされている。

 ヴィーコが言及しているのは、このテーバイのケベスのものであるとされてきた(ただし、今日では別人のものであると判定されている)著作『ピナクス』のことである。そこでは、クロノスの神殿の門前にかかげられていたという、人間の生涯を寓意的に表現した図板(ピナクス)をめぐって、ソクラテスふうの対話が展開されている。「テーバイのケベスが道徳上のことがらにかんしておこなったのとおなじように」というのは、この『ピナクス』における手法のことをいっているのである。そして、このことについては、当時の読者ならば、おそらく即座に察しがついたものとおもわれる。

(上村 1998:64頁)

プラトンの『パイドン』に登場するテーバイのケベスのことかと思えば、そうではないとのことです。少しややこしいですね。しかも「『ピナクス』における手法」は「当時の読者ならば、おそらく即座に察しがついたものとおもわれる」と書いてありますが、そう言われても何のことか私にはよくわかりません。この情報をもとに、もう少し調べてみましょうか。

 Wikipediaの英語版"Cebes"の項目には次のように書かれています。

The Tabula has been widely translated both into European languages and into Arabic (the latter version published with the Greek text and Latin translation by Claudius Salmasius in 1640). It has often been printed together with the Enchiridion of Epictetus.

Wikipediaのこの記述をもとに調べてみたところ、Claudius Salmasiusが1640年に出版したケベスの『ピナクス』がおそらくこれですね。そしてエピクテトスの著作と一緒に出版されたもの(1670年)はこれでしょうね。わかったところで大した意味はありませんが、せっかくなのでここにリンクを貼っておきます。

books.google.co.jp

books.google.co.jp

上村忠男の解釈によれば、このような図版を用いて想起の役に立てるということは「キケロ以来の記憶術の伝統を踏まえたものである」(上村 1998:66頁)とのことです。

 「記憶術」といえば、一昨年出た桑木野 幸司『記憶術全史』(講談社、2018年) が記憶に新しいですね。

sakiya1989.hatenablog.com

文献

*1:上村 1998。