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マルクス『資本論』覚書(24)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

マルクス資本論』(承前)

第一部 資本の生産過程(承前)

ポリティカル・エコノミー理解のコペルニクス的転回

(1)ドイツ語初版

 もともと商品は,われわれにとって一つの二面的なものとして,使用価値および交換価値として,現象した.より詳しく考察すると,商品に含まれている労働もまた二面的であることが示される.私によってはじめて批判的に考察されたこの点は,ポリティカル・エコノミーの理解を転回するための跳躍点である.

(Marx1867: 7)

(2)ドイツ語第二版

 第二節 商品に表現されたる労働の二重的性格

 もともと商品は,われわれにとって一つの二面的なものとして,使用価値および交換価値として,現象した.それから,労働もまた,それが価値に表わされているかぎりでは,もはや,使用価値の生みの親としてのそれに属するような特徴をもってはいないということが示された.このような,商品に含まれている労働の二面的な性質は,私によってはじめて批判的に証明されたものである.この点は,ポリティカル・エコノミーの理解を転回するための跳躍点であるから,ここでもっと詳しく説明しておかなければならない.

(Marx1872a: 16)

(3)フランス語版

(Marx1872b: 16)

(4)ドイツ語第三版

 第二節 商品に表現されたる労働の二重的性格

 もともと商品は,われわれにとって一つの二面的なものとして,使用価値および交換価値として,現象した.それから,労働もまた,それが価値に表わされているかぎりでは,もはや,使用価値の生みの親としてのそれに属するような特徴をもってはいないということが示された.このような,商品に含まれている労働の二面的な性質は,私によってはじめて批判的に証明されたものである.この点は,ポリティカル・エコノミーの理解を転回する*1ための跳躍点であるから,ここでもっと詳しく説明しておかなければならない.

(Marx1883: 8,『資本論①』82〜83頁,訳は改めた)

資本論』がその副題に「ポリティカル・エコノミー批判」を持っていることは最初に確認したが,ここでマルクスは「ポリティカル・エコノミー批判」の論点が「商品に表現されたる労働の二重的性格」のうちにあることをずばり述べている.

 すでに見たように,使用価値と交換価値という二面的性質が,商品という形をとって我々の目の前に現れる.これは現象形態であった.だがその価値の内実をつくるのは,本質的には労働である.そして使用価値をつくる労働と,交換価値をつくる労働とは,その労働の性質が個人的なものであるか,あるいは社会的なものであるかによって異なるのである.こうした理解をマルクスがはじめて証明したのはいわゆる『経済学批判』においてであった.

ところで,ポリティカル・エコノミー〔politische Oekonomie〕は,不完全ながらも,価値と価値量とを分析し,これらの形式のうちに隠されている内容を発見した.しかし,ポリティカル・エコノミーは,なぜこの内容があの形式をとるのか,つまり,なぜ労働が価値に,そしてその継続時間による労働の計測が労働生産物の価値量に,表わされるのか,という問題は,いまだかつて提起したことさえなかった.

(Marx1872a: 57-58,岡崎次郎訳『資本論①』147頁,訳は改めた)

「なぜ労働が価値に,そしてその継続時間による労働の計測が労働生産物の価値量に,表わされるのか」という問題提起が,従来の「ポリティカル・エコノミー理解」に革命的なコペルニクス的転回をもたらすことを,マルクスは「転回する dich dreht」という語で表現している.

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文献

*1:内田はマルクスがカント哲学を摂取したことに着目し「旋回する sich dreht」という訳語を当てている(内田2016).