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スピノザ『エチカ』覚書(11)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

スピノザ『エチカ』(承前)

第一部 神について(承前)

他者によって産出されざる実体

定理六

 或る実体は他の実体から産出されることができない.

証明

 諸事物の自然のうちには同一の属性を有する二つの実体は存在しえない(前定理により). すなわち, (定理二により)相互に共通点を有する二つの実体は存在しえない. したがって(定理三により)或る実体は他の実体の原因であることができない. あるいは或る実体は他の実体から産出されることができない. Q.E.D.

 この帰結として, 実体は他の物から産出されることができないことになる. なぜなら, 公理一および定義三と五から明白なように, 諸事物の自然のうちには, 実体とその変状とのほか何ものも存在しない. ところが実体は実体から産出されることができない(前定理により). ゆえに実体は絶対に他のものから産出されることができない. Q.E.D.

別の証明

 このことはまた反対の場合が不条理であるということからいっそう容易に証明される. すなわち, もし実体が他の物から産出されうるとしたら, 実体の認識はその原因の認識に依存しなければならなくなり(公理四により), したがって(定義三により)それは実体ではなくなるからである.

(Spinoza1677: 4, 訳41頁, 訳は改めた.)

ここではなぜ「或る実体は他の実体から産出されることができない」のかが論証されている.

 上の「或る実体」と「他の実体」とは互いに同一本性・同一属性を有する実体であろうか. それとも異なる本性と異なる属性とを有する実体であろうか. それぞれの場合について考えてみよう.

 まず, もし「或る実体」と「他の実体」とが同一本性・同一属性を有するものと解釈すると, そのような在り方はそもそも【定理五】によって同一本性・同一属性を有する複数の実体はあり得ないのだから, 成立し得ないことになる.

 次に, もし「或る実体」と「他の実体」とが異なる本性・異なる属性を有するものと解釈すると, 【定理二】によりそのような諸実体は互いに共通点を有せず, そしてまた【定理三】により共通点を有しないもの同士では一方が他方の原因となることができないのであるから, こちらもまた成立しないことになる.

 【定理六の系】においては【定理六】の内容がより一般的な命題として立てられている.

 【定理六の別の証明】ではいわゆる背理法(reductio ad absurdum)によって【定理六】が論証されている. つまり「ある実体は他の実体から産出されることができない」という命題を偽と仮定して「ある実体が他の実体から産出されることができる」という命題から出発し, それが実体の定義と矛盾することによって【定理六】の正しさを示している.

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