まだ先行研究で消耗してるの?

真面目に読むな。論理的に読むな。現実的なものは理性的であるだけでなく、実践的でもある。

フーコー『言葉と物』覚書(1)

目次

はじめに

 本稿では,ミシェル・フーコー『言葉と物』(渡辺一民・佐々木明訳,新潮社)を読む.

 これまでフーコーの著作に何度かチャレンジしてみたが,その内容をほとんど理解することが困難であった.フーコーはものすごく広い視野を持ち,それらを深い水準で考察している.私の今の力では太刀打ちできないが,それでもなおフーコーの著作の理解に努めるならば,これまでとは違った視野が開けるのではないだろうか.

フーコー『言葉と物』

「われわれ」の思考を揺るがす「他なる思考」

 フーコーは「序」の冒頭で,この本の出生地がボルヘスの著作にあることを告げている.フーコーボルヘスのテクストから引用する箇所は,ボルヘスがそのテクストの中で『中国の百科事典』から引用した箇所である.したがって,この引用は二重に抜粋されているといえる.ボルヘスのそのテクストは『続審問』の中に収められている「ウィルキンズの分析言語」である.そこに登場する『中国の百科事典』について詳しいことはよくわからない.

 この書物の出生地はボルヘスのあるテクストのなかにある.それを読みすすみながら催した笑い,思考におなじみなあらゆる事柄を揺さぶらずにはおかぬ,あの笑いのなかにだ.いま思考と言ったが,それは,われわれの時代と風土の刻印をおされたわれわれ自身の思考のことであって,その笑いは,秩序づけられたすべての表層と,諸存在の繁茂をわれわれのために手加減してくれるすべての見取図とをぐらつかせ,〈同一者〉と〈他者〉についての千年来の慣行をつきくずし,しばし困惑をもたらすものである.ところで,そのテクストは,「シナのある百科事典」を引用しており,そこにはこう書かれている.「動物は次のごとく分けられる.(a)皇帝に属するもの,(b)香の匂いを放つもの,(c)飼いならされたもの,(d)乳吞み豚,(e)人魚,(f)お話に出てくるもの,(g)放し飼いの犬,(h)この分類自体に含まれているもの,(i)気違いのように騒ぐもの,(j)算えきれぬもの,(k)駱駝の毛のごく細の毛筆で描かれたもの,(n)とおくから蠅のように見えるもの.」この分類法に驚嘆しながら,ただちに思いおこされるのは,つまり,この寓話により,まったく異った思考のエクゾチックな魅力としてわれわれに指ししめされるのは,われわれの思考の限界,《こうしたこと》を思考するにあたっての,まぎれもない不可能性にほかならない.

(Foucault1966: 7,渡辺・佐々木訳11頁)

ここでフーコーは「思考」を「われわれの時代と風土の刻印をおされたわれわれ自身の思考」と言い直している.この「われわれ」とは,中国(シナ)と対極に位置する,すぐれて近代西欧的な意味での「われわれ」である.『中国の百科事典』がどうして「思考」をぐらつかせるのかというと,『中国の百科事典』にみられる分類法が,西欧的な分類法とはかなり異なっていて,西欧人には理解し難いからである.近代西欧人にとっては,いかにして合理的に分類するかが啓蒙思想の課題であった.そもそも『百科事典』のアルファベット式系列は,それによって手早く検索をかけるという近代合理主義的な発想(これ自体西欧的なものである)に基づいている.しかしながら,上で引用された『中国の百科事典』には,近代合理主義的な発想が一つも見当たらない.だからこそフーコーはここで笑いを催さずにはいられないというのである*1

 『中国の百科事典』から引用されている動物の分類について,〔〕内にコメントを付しておく.

「動物は次のごとく分けられる.

(a)皇帝に属するもの〔所属:中国では「皇帝」が国家秩序の最上位に位置するから,この分類上においても先頭に位置するのだろうか〕

(b)香の匂いを放つもの〔嗅覚:実在〕

(c)飼いならされたもの〔司牧権力あるいは統治性〕

(d)乳吞み豚〔赤ん坊つまり大人による監督が必要な存在〕

(e)人魚〔ギリシア神話のセイレーン(Σειρήν):中国から見れば西欧的な概念,非実在

(f)お話に出てくるもの〔(e)と同じく神話上の概念:非実在

(g)放し飼いの犬〔「放牧 en liberté 」:(c)と対極に位置する.しかしなぜ「犬」なのか〕

(h)この分類自体に含まれているもの〔メタ的な概念〕

(i)気違いのように騒ぐもの〔狂気:実在〕

(j)算えきれぬもの〔算術:実在〕

(k)駱駝の毛のごく細の毛筆で描かれたもの〔中国の絵画:非実在

(n)とおくから蠅のように見えるもの.〔視覚:実在〕」

(同前)

(つづく)

文献

*1:百科事典の思想については拙稿2018「検索と参照──L'Encyclopédie・Cyclopædia・Wikipedia」を参照されたい.