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逸見龍生/小関武史 編『百科全書の時空:典拠・生成・転移』(法政大学出版局、2018年)
一ヶ月前に『百科全書の時空』という本を購入しました。
レジに持って行くまで値段見てなかったんで、会計の際に初めてこの本が7,000円することに気づきましたw
大変高かったのですが、発売以来ずっと気になってましたし、購入して大変満足してます。
百科全書が他の書籍からの引き写しで出来ている、というのは以前から指摘されていることなのですが、ディドロやダランベールをはじめとする百科全書に関わった人々の情報に対する感覚と、現代に属する我々がコピペに対してもつ感覚とは、かなりかけ離れているんだろうなぁ〜と思いました*1。
今だとコピペチェッカーやパクツイ発見ツールなどが充実しているため、現代はある意味でオリジナルに関する感覚が研ぎ澄まされきている時代であると言えます。しかし、『百科全書』を当時の人々が知へアクセスするためのツールとして考えると、当時は限られた紙面上で情報という素材をどう料理するかが重要だったと思います。
チェンバーズ『サイクロピーディア』とWikipedia:レファレンスとハイパーリンク
さて『百科全書』出版のきっかけともなったチェンバーズ『サイクロピーディア(Cyclopædia)』は、レファレンス(参照)を自らの特徴としてあげています。
「私たちの狙いは、さまざまな題材を絶対的で独立に、あるがままのものとしてのみならず、相関的に、それぞれ相互の関係において考えることだった。それらの題材は多くの全体として、またより大きな全体に属する多くの一部として扱われる。部分と全体との連関は参照(Reference)によって示される。その結果、一連の参照によって、一般的概略から個別の細目へ、前提から結論へ、原因から結果へ、あるいはその逆もまた然り、すなわち、もっとも複雑なものからもっとも単純なものへ、あるいはその逆に行くことができるようになる。著作のさまざまな部分の間でコミュニケーションが開かれ、諸種の項目は、ある意味で、技術的配列すなわちアルファベット順によって隔てられていた学問の自然な秩序に、位置づけ直されるのである」(チェンバーズ『サイクロピーディア』序文より)*2。
(Chambers [1728]:p. ⅰ)
チェンバーズはとても慧眼であり、アルファベット順というものが「学問の自然な秩序」を妨げていると考えていたことが上の箇所から読み取れます。確かにABCDE…という配列によって、本当は相互に連関の強い諸項目が分け隔てられてしまっているということは十分に考えられることで、この弊害を打破するものがレファレンスという手法でした。
とはいえ、今でも紙媒体での分厚い辞書・事典の類書は基本的にアルファベット順、あいうえお順のような言語的配列に従って項目が並んでいます。電子書籍の登場によってこのような配列を経由せずに、該当項目へダイレクトに到達する検索方式が可能となりました。しかし、電子書籍のなかに盛り込まれている辞書・事典はあくまで編纂されたものであり、うまくヒットしない場合は言語的配列に従って前後の項目が提示されます。
このような言語的配列をある程度無視して、該当項目へダイレクトに到達できるようにしたのがGoogleのようなサーチエンジンだと言えるでしょうし、併せてこれをさらに推し進めたのがウェブ上に登場したWikipediaの存在だと言えるでしょう。とりわけWikipediaはレファレンス(=ハイパーリンク)の機能が充実しており、この点で従来の紙媒体での辞書・事典の類書あるいは電子辞書を圧倒してしまっており、Wikipediaにおける諸項目のハイパーリンクこそが、レファレンスの機能として最も有効に活用されている一例であるとさえ言えます。
Googleレンズ
さらに、最近になって検索の方向性が変わってきています。例えば、百科事典であれGoogleのような検索エンジンであれ、これまで検索するためには検索したい対象の名前を知っておく必要がありました。しかしながら、今日ではGoogleレンズ*3の画像認識によって、名前がわからなくても事物について検索することができるようになりました。
「グーグルレンズにより、カメラで写した花や動物などの名前を調べることが可能だ。植物だけでなく、家具などもカメラで写すことで、どのメーカーのどんな製品名かも調べることができた。そもそも、アプリでも提供されていたが、カメラアプリのサブメニューで呼び出せたり、グーグルアシスタントから呼び出せるのが、意外と便利で、ついつい使いたくなってくるようになってくる。」(Google製スマホ「Pixel 3」を使った率直な感想(石川温) - Engadget 日本版)
このように、名前から対象の事柄へと検索していた従来の方式から、今度は逆に対象(の画像)からその名前と事柄を検索できるように変わりつつあるのです*4。
ディドロ&ダランベール『百科全書』とWikipedia:執筆者の多様性
さて、以上のような現代的状況を踏まえた上で、『百科全書』を眺めてみるとどうなるでしょうか。
ここで1つ、執筆者の問題を取り上げてみましょう。
『百科全書』研究でもしばしば取り上げられる執筆者問題ですが、『百科全書』は項目ごとに執筆者が分かれていて、いわゆる「文人共同体」というかたちで多くの執筆者が参加しました。『百科全書』プロジェクトには、ディドロ、ダランベール、ジョクール、ドルバック、ルソーのような有名人の他にも、符号さえない執筆協力者も多数参加しています。
これに対してWikipediaもまた、数多の実名、匿名、ハンドルネームあるいはIPアドレス表記のみでの執筆者が参加しています。しかし、Wikipediaの場合には、さらに同じ項目でも時間とともに書き換えられ、議論され、複数の執筆者が手を加え、その差分まで表示できるというすぐれものです。現代の「文人共同体」はWikipediaにおいて存在すると言えるでしょう。
『百科全書』に興味持たれた方は、『百科全書』・啓蒙研究会のホームページから学会誌が読めますので、ぜひご覧ください。→こちら
文献
- Cambers, Ephraim. 1728, Cyclopædia : or, an Universal Dictionary of Arts and Sciences, London, Vol. Ⅰ.
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石川温 2018「Google製スマホ「Pixel 3」を使った率直な感想」2018年10月16日, Engadget 日本版.
- ピノー, マドレーヌ 2017『『百科全書』』文庫クセジュ, 白水社.
- 逸見龍生/小関武史編 2018『百科全書の時空:典拠・生成・転移』法政大学出版局.
- 鷲見洋一 2005「『百科全書』研究の現在:回顧と展望」藝文研究 89.
*1:「『百科全書』はオリジナル作品ではありえない。編集者にとって、人類のあらゆる知識を新機軸かつ革新的にまとめることができると主張するなど、それこそ人智を超えている。先行する典拠の使用はしごく当然といえ、本文にせよ図像にせよ、当時、他の文献の転用は日常的に横行していた。」(ピノー [2017]:55-56頁)
*2:訳は鷲見[2005]:37〜38頁を元に改めた。
*3:Googleレンズが日本語に対応していないため、まだ日本で販売されている通常のスマートフォンやiPhoneではGoogleレンズを使うことはできないが、2018年11月発売予定のGoogle製スマートフォン Pixel 3では、Googleレンズの機能を使用することができる。
*4:例外は、図鑑である。図鑑には絵がたくさん盛り込まれており、絵と実物を照らし合わせることで植物や動物の名前を従来は検索していた。しかし、絵と実物が多少異なることもあり、素人には判別が難しい場合もあるので、その場合の専門教育は徒弟制度のように人から人へ教える形式になりがちである。