まだ先行研究で消耗してるの?

真面目に読むな。論理的に読むな。現実的なものは理性的であるだけでなく、実践的でもある。

どうしてこうなった

 11月になり、異動になった。まず自分の役割が変わったし、周囲の人間関係も変わってしまった。知らない人たちの前で失礼は許されないので、業務で迷惑にならないようにビジネススキルを改めて学んでいる。この変化は、ほとんど社内転職したに等しい。新しい業務内容の全てをまだ把握しきれていないし、申請関係も謎ばかりである。勤務地も変わったので、目や耳に入ってくる情報がすべて新しい。

 思えば遠いところまで来てしまった。大学から大学院にかけて〈マルクスからヘーゲルへ〉というテーマしかやっていなかったかつての僕は、どうしても企業エントリーシートの『学業以外に頑張ったこと』の欄を埋めることができずに一旦、就活を諦めた。というのも、「大学で一生懸命取り組んだこと」と「会社に入ってやりたいこと」をつなぐ媒介が欠如していたので、修士論文を書きながら就職活動をしても埒が明かないと思ったからである。さらに追い討ちをかけるように、M3で修士論文を書けずに悩んでいるときに『そんなに古い本ばっかり読んでると働けなくなるぞ』と父親から言われ続けている間に、自分が仕事することに対してはすっかり自信を失ってしまった。

 だから、2015年春に修士課程を修了してしまった後は、戦略的に地元のユニクロのアルバイト(時給950円)からスタートした。というのは、マルクスが『資本論』の中で当時、資本主義の先端を走る英国の現状を参照にしたように、日本の最大の資本家である柳井正ユニクロ孫正義ソフトバンクが、日本で一番現代資本主義に近い企業であり、これらいずれかの会社で働くことが、ある意味で今まで自分が取り組んできたテーマに近いように思われたからである。実際、僕が今のところ人生で内定をもらえたのは、ユニクロのアルバイトかソフトバンクだけである。ユニクロで什器清掃したり品出ししたり、たたみを素早く行なったり、レジ打ちしたりしたことが当時はすべて新鮮だった。ユニクロ感謝祭で一日中レジ打ちしても差異なしで終えられるぐらい正確にレジ打ちできたことも、仕事をする上で自信の回復につながった。だから、『修士修了で時給950円で働くのはさすがに安すぎるのでは?』と気づくのには、3ヶ月もかからなかった。そこでのキャリアアップを望まなかったのは、裾直しのためにミシンを習得するのは不器用な自分にはどうも合わないような気がしたからである。

 今の会社に転職してからは研究するのに困らないぐらい給料がもらえるようになったけれども、一年やってみて自分の能力が今の仕事に合っているとは全く思わなかった。『いつやめてもいいや』と思いながら、すでに6年以上も働いてしまっている。そういうマインドだから続けられるとも言えようが。そんな僕が今や昇進するなどとは夢にも思わなかった。

 特段忙しくなったわけではないはずだが、時間的にも心理的にも人文書を読む余裕が今はない。昨日も最近翻訳が出たアルノー&ニコル『ポール・ロワイヤル論理学』(山田弘明ほか訳、法政大学出版局、2021年)を買いに新宿の書店に足を運んだものの、人文書を目の前にしてもどうしても食指が動かない。代わりにビジネス書を何冊か買ってきた。

 Facebookメタバースという仮想空間に注力するために社名をMetaに変えたことは記憶に新しいが、メタバースと同時にNFT(Non-Fungible Token)という言葉も聞かれるようになった。これはざっくり言うと、唯一無二のものとして識別可能なデジタル資産とでも言えば良いだろうか。例えば、イーサリアムのスマートコントラクトを用いるならば、メタバース上でNFTの取引が可能となる。個人的には『資本論』の価値論だけを読んでいたいところだけれども、多少なりとも現代の価値交換機能がどのような発展を遂げているのかを片目で追っておく必要はあるだろう。