目次
カール・マルクス(今村仁司・三島健一・鈴木直訳)『資本論 第一巻』筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2024年。
『資本論』の新訳がちくま学芸文庫より出版された。帯には「『マルクス・コレクション』版を全面改訳」したものだと書かれている。実際に手に取ってみると、訳文は見事に読みやすく、大きさも上・下二分冊で手に取りやすい。『資本論』の翻訳はさまざまな訳者の手で出版されてきたが、本書は今後の普及版として最もスタンダードなものとなるだろう。
もちろん新訳とはいえども先行訳と同様の誤訳を完全に免れているわけではない*1。とはいえ、わざわざ取り上げるほどのものではない。むしろ訳文の随所にみられる工夫から学ぶところの方がはるかに大きいと思う。ドイツ語に忠実な訳文としてはすでに大月書店から出ている岡崎次郎訳(国民文庫)がある。それでも読みやすさと手に取りやすさの観点から言えば、ちくま学芸文庫から新訳を出す意義は大きい。
引用文献から見た『資本論』
マルクスは「資本」を考察の中心に据えることで、「経済学」「貨幣」「貿易」「利益」などを全てその下に包括するともに、資本の観点から人間生活のあらゆる事象をさまざまに分析することを可能にしたが、それは同時にあらゆる事象が資本に従属していることを明らかにしたともいえる。
加えて今日では新MEGA(Marx-Engels-Gesamtausgabe)の第Ⅳ部門からマルクスの多数の抜粋ノートが出版されており、『資本論』第一巻出版以降の晩年のマルクスが『資本論』第一巻を超えるような射程を持っていたことが明らかとなっている*2。マルクスの抜粋ノートの重要性は日々高まっているものの、マルクスが『資本論』第一巻で実際に言及し引用した諸文献に限定して、それらの文献の各々がもっている固有の文脈を理解することなしには、『資本論』第一巻の議論を十分深く理解することもまた難しいであろう。
以下に示すのはマルクスが『資本論』第一巻で引用した書物の一例である。唯一、Th・ホジスキン『資本の要求に対する労働の防衛』を除いて、「資本」をタイトルに入れているものはない。この点に限って言っても、「資本」に注目したマルクスの着眼点がすぐれて独特のものであることがわかる。
経済学
- デュガルド・スチュアート『経済学講義』
- J・ブロードハースト『経済学論』
- J・ケイズノーヴ『経済学要論』
- J・B・セー『経済学概論』
- J・B・セー『マルサス氏への書簡』パリ、1820年。
- ジェイムズ・ミル『経済学綱要』
- マカロック『経済学原理』
- S・ベイリー『経済学におけるいくつかの用語論争についての考察、とくに価値、供給、需要に関して』
- シスモンディ『新経済学原理』
- シスモンディ『経済学研究』
- シュトルヒ『経済学教程』
- ピエトロ・ヴェッリ『経済学に関する考察』
- リカード『経済学および課税の原理』
- R・ジョーンズ『諸国民の経済学に関する講義教本』
- Th・チャーマーズ『経済学について』
- Th・ホジスキン『民衆の経済学』
- Th・ホジスキン『資本の要求に対する労働の防衛』
- W・ロッシャー『国民経済学の基礎』
- デュポン・ド・ヌムール『ドクトル・ケネーの原則』
- モリナリ『経済学研究』
- コラン『経済学』
- ルソー『経済論』ジュネーヴ、1760年。
- フラートン『通貨調節論』
- ガリアーニ『貨幣について』
- ニコラス・バーボン『新貨幣をより軽く鋳造することに関する論考、ロック氏の考察に答えて』
- S・ベイリー『貨幣とその価値変動』
- ヴァンダーリント『貨幣万能論』
- ウィリアム・ペティ『貨幣小論 ハリファクス侯爵閣下へ』
- ウィリアム・ペティ『租税と貢納についての論集』ロンドン、1667年。
- ジョン・ロック『利子引き下げの結果についての若干の考察』
商業
- ジョン・ロー『通貨と商業に関する考察』、E・デール編『十八世紀の財政経済学者』
- ジョン・ベラーズ『貧民、税増業、商業、植民地および不道徳に関する論証』
- V・ド・フォルボネ『商業基礎論』
- マクラウド『銀行業の理論と実際』
- ケネー『商業と手工業者の労働に関する対話』
- ダドリー・ノース『商業論』
- アダム・アンダソン『商業の起源の歴史的、年代記的概説』ロンドン、1764年。
貿易論
- S・クレメント『相互関係にある貨幣、貿易、為替の一般概念に関する考察、一商人の著』
- J・チャイルド『貿易、とくに東インド貿易に関する一論』
- Th・バビロン『最も利益を生む貿易としての東インド貿易』
- ボアギルベール『フランス詳論』、デール編『十八世紀の財政経済学者』
- トレンズ『穀物貿易論』
- 『イギリスにとっての東インド貿易の利益』
文学
哲学
- デステュット・ド・トラシー『意志とその作用についての論考』
- ユア『マニュファクチュアの哲学』
- ヘーゲル『論理学』
- ヘーゲル『法の哲学』
- ジョフロワ・サン=ティレール『自然哲学の構想』パリ、1838年。
社会史
- A・ファーガソン『市民社会史』
- マコーリー『イギリス史』
- ミラボー『プロイセン王国について』
- ホリンシェッド『年代記』
- ベーコン『ヘンリー七世の治世』
- ベーコン『市民的および道徳的諸論』
- ジョージ・ロバーツ『過去数世紀におけるイングランド南部諸州住民の社会史』
- タケット『労働人口の過去および現在の状態の歴史』
- ウィリアム・コベット『プロテスタント宗教改革史』
- ロジャーズ『イギリスにおける農業と物価の歴史』
- 『パリの革命』
- E・G・ウェイクフィールド『イギリスとアメリカ』
- イーデン『貧民の状態』
- ジョン・ウェイド『中産階級と労働者階級の歴史』
- フリードリヒ・エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』
- H・フォーセット『イギリスの労働者の経済的地位』
法学
- アリストテレス『政治学』
- メルシエ・ド・ラ・リヴィエール『政治社会の自然的本質的秩序』
- ウィリアム・ペティ『アイルランドの政治的解剖』
- ケアンズ『奴隷の力』
- バーナード・ド・マンデヴィル『蜂の寓話』
- アーサー・ヤング『政治算術』
- トマス・モア『ユートピア』
- R・ブレイキー『太古からの政治文献史』
- ビュシェおよびルー『議会史』
- メリヴェール『植民および植民地についての講義』
社会的富と利益
報告書
*1:誤訳の一例を挙げるならば、『資本論』第一巻の原注8に記載されているバーボンの著作からの引用頁数が「五三、五七ページ」(『資本論 第一巻』上80頁)となっているが、これは正しくは「五三、七ページ」である。この点については拙稿「マルクス『資本論』覚書(11)」を参照。こうした単純な誤りについては引用元の原著に遡って確認していく以外の方法はなく、文法的に解釈する余地はまったく存在しない。
*2:この点について詳しくは斎藤幸平『大洪水の前に』を参照。