まだ先行研究で消耗してるの?

真面目に読むな。論理的に読むな。現実的なものは理性的であるだけでなく、実践的でもある。

ヘーゲル『精神現象学』覚書(9)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

ヘーゲル精神現象学』(承前)

序文(承前)

「生成」の始まりと終わりとしての「目的」と「成果」

そもそも,ことがらはそれが目的とするところで汲みつくされるのではなく,ことがらが実現されることで汲みつくされる.成果もまた現実の全体というわけではなく,その生成とともに全体となる.目的とは単独では生命を欠いた普遍的なものにすぎない.それは,傾向がたんなる駆動であって,その現実性をいまだ欠落させているのと同様である.たほう剥きだしの成果とは,傾向を背後に置きざりにした屍なのだ.

(Hegel1807: ⅴ,熊野訳(上)14頁)

「目的 Zweck 」と「成果 Resultat 」はその「生成 Werden 」という過程からすると始まりと終わりにそれぞれ位置している.ヘーゲル現象学においては「目的」と「成果」が重視されるのではなく,その「生成」という過程も含めてこそが重要である.

 「目的」というゴールの設定は,それが実現されてはじめて現実的に意義あるものとなる.この「目的」を「成果」へと結びつけるのが「傾向 Tendenz 」である.例えば,ひまわりの種は,花を咲かせて新たな種子を作ることをその「目的」とし,その「生成」の過程では,地面から養分を吸収し,光に向かって茎を伸ばしたりする「傾向」を持つ.時が経ち,咲いたひまわりの花と種子はその「成果」として現れるが,この「成果」だけに着目すると,それまでのひまわりの成長の過程が見えなくなってしまうのである.

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文献

小田智敏さんのコメント

 当ブログの更新後に,Twitterにて小田智敏さんより有益なコメントを頂きましたので,私(荒川)のリプライをも含めて,以下に転載させていただきます.(小田さん,コメントありがとうございました!)

以上,小田智敏さんより頂いたコメントでした.

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浦隆美さんのコメント

上記の内容について,Twitterで浦隆美さんより有益なコメントを頂きましたので,小田さんと私(荒川)のリプライも含めて,以下に転載させていただきます.(浦さん,コメントありがとうございました!)

以上,浦隆美さんより頂いたコメントでした.

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