目次
はじめに
本稿ではジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)のいわゆる『政治経済論』(Discours sur l'économie politique, 1755)を検討する.
ルソー『政治経済論』の初出は,ディドロ・ダランベール編『百科全書』(Encyclopédie, ou Dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers, par une société de gens de lettres, 1751-1772)の第5巻に収められている.
ルソー『政治経済論』
〈経済〉の二つの意味——「政治経済」と「家内経済」
さしあたって問題となるのは,「ルソーのいう「政治経済」とは一体何であるのか?」である.その手がかりは,冒頭の〈経済〉という語の解説に示されている.
〈経済〉〔ECONOMIEあるいはŒCONOMIE〕(道徳的なものと政治的なもの〔Morale & Politique〕),この語は〔古代ギリシアの〕オイコス〔οἶκος〕(家〔maison〕)とノモス〔νόμος〕(法〔loi〕)とに由来し,もともとは,家族全体の共同利益〔bien commun〕のための,賢明かつ法にかなった家の政府〔gouvernement de la maison〕を意味するものにすぎなかったが,後にこの用語の意味は,国家である大きな家族の政府〔gouvernement de la grande famille〕にまで拡張されることとなった.これら二つの語義を区別するために,後者を一般経済または政治経済と呼び,他方を家内経済または特殊経済と呼ぶ.家内経済については〈家父〉〔PERE DE FAMILLE〕を参照のこと.
(Rousseau1755: 337,河野訳7頁,訳はあらためた)
ここでルソーは「経済」という言葉には,大きく分けて二つの意味があると述べている.「家」の経済という意味と,「国家」の経済という意味である.
歴史的に先行していたのは「家」の経済としてのエコノミー,すなわち「家政」の意味であり,「国家」の経済としてのエコノミーは転義であった.どうして「家政」の意味を「国家」にまで拡張することができたかというと,「国家」というものが「大きな家族」とみなされていたからである.かくして両者の意味を区別するために「国家」のエコノミーを「政治的 politique 」と形容して呼ぶようになったわけである.
ここで注意しなければならないのは,「経済」という語が常にすでに「法 loi 」を含意している点である*1.「経済法則」というときには,「経済」という語にすでに内在しているその「法則」の意が忘却されているか,さもなくば法則をより強調したいときに用いられるべきである.
文献
- Rousseau, 1755, ECONOMIE ou ŒCONOMIE, in: Diderot, et d'Alembert (ed.), 1755, Encyclopédie, ou dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers, tome cinquieme, Paris. (Bibliothèque municipale de Lyon, 2011)
- ルソー 1951『政治経済論』河野健二訳,岩波書店.
*1:「法 loi 」は,「法 droit 」と区別されるべき概念である.前者は「法律・法則」を意味し,後者は「権利」を意味する.