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ルソー『社会契約論』覚書(8)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

 

(承前)第一編

(承前)第二章 最初の社会について

グロチウスの事実に基づく推理の仕方

グロチウスは、あらゆる人間の権力が被支配者のためにつくられている、ということを否定する。すなわち彼はドレイを例としてあげている。彼がいつもやる推理の仕方は、事実によって権利をうち立てることである。もっと筋の通った方法を使うこともできるが、そうすれば暴君のお気に召すまい。

(Rousseau 1762:6-7、17頁、強調引用者)

前回も「支配」という語に言及したが、"gouvernés"を「被支配者」と訳すのは間違いではないにせよ、岩波文庫の訳は複数の語に「支配」を用い過ぎて、原文のニュアンスの豊饒さを減らしてしまっているように思う。"gouvernés"は「被治者」で良いのではないか。

 ここで重要なことは、グロチウス*1による「法権利 droit 」をうち立てるための推理の仕方が「事実によって par le fait 」なされているという点である。事実に基づく推理の仕方は、最近ではハンス・ロスリング『FACTFULLNESS(ファクトフルネス)』によって注目が集まっていて、分野によっては有効に使うこともできるが、政治学やとりわけ「法権利 droit 」の樹立という点に関しては、すでにある権力関係を追認し強化してしまうことに繋がってしまう惧れがある。

 これに対してルソーは「事実によって」ではない推理の仕方で、「法権利」の樹立を試みる、とも言えるのかもしれない。この「事実によって」ではない推理の仕方とは、ルソーによるアナロジー思考である。前回みたように、ルソーは政治社会を家族とのアナロジーにおいて語っていた。

 ちなみに、ルソーと一つ比較対象となりうるのがロバート・フィルマーの『パトリアーカ』(1680年)である。というのも、フィルマーも政治社会とりわけ王権を家族における家父長から説明するからである。もっともフィルマーの場合はアナロジーではなく、ルソーの批判する「事実による」推理の仕方で王権の絶対性を正当化する理論に過ぎず、そのかぎりでグロチウスと同類ということになるのかもしれないが。

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(つづく) 

文献

*1:Hugo de Groot, 1583-1645. オランダの法学者で、自然法に基づく国際法の基礎を作ったことから、「国際法の父」と呼ばれる。主著に『戦争と平和の法』(De jure belli ac pacis, 1625)がある。