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ルソー『社会契約論』(10)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

ルソー『社会契約論』(承前)

第一編

第三章 最強者の権利について

 「最強者の権利」とはどういうものなのだろうか.そしてそれは「権利」と呼ぶに値するものなのだろうか.

 しばらく,このいわゆる権利なるものがあると仮定してみよう.私は,そこからはただ,説明不可能な,わけのわからぬ戯言しか生じない,と言いたい.なぜなら,権利をつくるものが力だ,ということになると,原因〔=力〕が変われば,結果〔=権利〕も変わる.最初の力に打ち勝つすべての力は,前者の権利を受け継ぐ.服従しなくても罰せられずにすむなら,不服従も正当になりうる.そして,最強者がつねに正しいのだから,したがって,最強者になるよう行動することだけが問題となる.ところで,力が失われると滅んでしまうような権利とは,どんな権利なのか.もし,力によって服従しなければならないのなら,義務によって服従する必要はない.また,もし,服従を強制されなくなれば,服従の義務はなくなる.だから,この〔権利という〕語は,力に何もつけ加えていない,ということがわかる.この語は,ここではなんの意味もない.

(Rousseau1762: 10-11,17頁)

「最強者の権利」とは,その力によって他人を服従させる権利のことであるが,その権利者よりもさらにより強い者が現れれば,従来の最強者の権利がたちまち無効になる.ということは,結果的に「最強者の権利」を持っていなかったということになる.こうしたものは「権利」ではないとルソーは考える.

第四章 奴隷状態について

 この章では「奴隷状態」について考察される.「奴隷状態」は,前章でみた「最強者」と比較すると,およそ対照的な立場である.公平性の原理を掲げるルソーのロジックからすれば,「最強者の権利」と同様に「奴隷状態」もまた首肯されるものではない.

 いかなる人間も,その同胞に対して生まれながらの権威を持つものではなく,また力はいかなる権利も生み出さない以上,人間のあいだのあらゆる正当な権威の基礎としては,ただ約束だけが残る.

(Rousseau1762: 13,作田訳18頁)

ここでルソーは「約束 les conventions 」という語を用いているが,"convention" はルソーの主要な概念である.ルソーにとっては「約束 convention 」が社会制度の根幹をなす.

 さらにルソーはグロティウスの思想を論駁するために「譲渡」という概念に着目する.

第五章 最初の約束につねにさかのぼらなければならないこと

 ルソーはいわば起源の探究者である.ここでもまた社会制度の根源を「約束」に求めている.

 じっさい,もし先に約束がなかったとすれば,選挙が全員一致でないとき,少数者が多数者の選択に従う義務はどこにあるのだろうか.主人を欲する百人が,それを欲しない十人に代わって議決をする権利は,いったいどこから出てくるのだろうか.多数決の法もまた約束によって取り決められたのであり,少なくとも一度は全員の一致があったことを前提として作用しているのである.

(Rousseau1762: 24-25,作田訳26頁)

ルソーの推論によれば,権利や義務の取り決めには最初に全員の一致があったという.これは本当だろうか.

第六章 社会契約について

 この章タイトルは「社会契約について Du pacte Social 」である.本書のタイトルである『社会契約論』(Du Contract Social)と比較すると,ここでは"contract"ではなく"pacte"となっていることに注意されたい."convention"も「約束」と訳されているが,"contract" と "pacte" と "convention" とでは一体どのような違いがあるのだろうか.この点については私にもよくわかっていない.

 各個人が自然状態にとどまろうとして用いる力よりも,それにさからって自然状態のなかでの人間の自己保存を妨げる障害のほうが優勢となる時点まで,人間が到達した,と想定してみよう.そのとき,この原始状態はもはや存続しえなくなる.だから,もし生存様式を変えないなら,人類は滅びるだろう.

(Rousseau1762: 26,作田訳26頁)

ここでルソーは「自然状態 l'état de nature 」や「自己保存 leur conservation 」「障害 les obstacles 」という言葉を用いているが,これらはいずれもホッブズの自然状態論を想起させるのに十分である(Hobbes1651: 64).ルソーは自然状態論をホッブズの思想から借用したのだろうか.少なくとも,ルソーは自然状態を「原始状態 état primitif 」として想定し,そこから推論を行っている.

 ところで,人間は新しい力をつくりだすことはできず,現に持っている諸力を結びつけ,方向を与えることができるだけであるから,生き残ってゆくためには,障害の抵抗に打ち勝てるようにみなが集まって諸力の総和をつくりだし,これらの力をただ一つの原動力で動かして,共同の活動に向けることしか,ほかに方法はない.

(Rousseau1762: 26-27,作田訳26〜27頁)

この箇所はどうも物理法則を念頭に置いているように思われてならない.そして実際,ベクトルの概念を用いて説明されることもある.つまりここで「力 force 」とは,力学的世界観のもとで捉えられている.

(つづく)

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