目次
はじめに
今回は「『リヴァイアサン』の口絵——トマス・ホッブズとアブラハム・ボス」というタイトルで書きたいと思う。
ホッブズ『リヴァイアサン』の口絵
フランスの銅版画家にアブラハム・ボス(Abraham Bosse, 1604–1676)という人物がいた。ホッブズ『リヴァイアサン』の口絵は彼の作品である。
(アブラハム・ボス作(1651):ホッブズ『リヴァイアサン』の口絵)
どういう経緯でホッブズがアブラハム・ボスに『リヴァイアサン』の口絵を依頼したのかはよく分からない。もともと知り合いだったのだろうか。彼らについてニコラス・クリスタキス(Nicholas Christakis, 1962–)は次のように述べている。
実際、『リヴァイアサン』の有名な口絵は、国家(コモンウェルス)が一個の人体の姿に移し変えられた、一眼でそれとわかる視覚的な比喩だ。パリの版画家アブラハム・ボスは、ホッブズとじっくり相談したうえで、王冠を戴いた巨人が剣と司教杖を両手に風景から浮かび上がってくる姿をエッチングで描き出した。リヴァイアサンの絵の上には、ヨブ記の一節が記されている。Non est potestas Super Terram quae Comparetur ei——「血の上にはこれと並ぶ者なし」。
口絵の図像学と記憶術
『リヴァイアサン』というそのタイトルもさることながら、それ以上に人々に視覚的な衝撃を与え、その記憶に深く刻まれることとなったのは、この口絵であろう。図像学または記憶術の観点からすれば、この口絵は「通常の規範を大きく逸脱した図像を意図的に準備することで、心を激しく揺さぶり、記憶に深く刻み付けてゆく」*1ことを目的として描かれたのかもしれない。
口絵の解釈についてはいくつかの研究がある。例えば、アルブレヒト2009や田中2003など。またコロナ禍のTwitterでは、Poole2020のブログ記事をもとに口絵にペスト医師が小さく描かれていることが少しばかり話題となった。
アブラハム・ボスの作品
アブラハム・ボスの作品はGoogle Arts & Cultureから眺めることができる。
ボスの作品は遠近法を用い、細密に描かれているのが特徴的だ。ホッブズの『リヴァイアサン』が出版されたとき、ボスは王立絵画彫刻アカデミーの一員であった。
ホッブズはあるとき「幾何学との恋に落ちた」。ホッブズが『哲学原論』(Elementa Philosophiae、つまりエウクレイデスの「原論」にちなんだもの)三部作を著したのはその後である。ボスも以前から幾何学的な方法を自らの作品に応用していたため、ホッブズと通じ合うところがあったのかもしれない。
文献
- Hobbes, Thomas 1651, Leviathan, or The Matter, Forme, & Power of a Common-Wealth ecclesiasticall and civill, London.
- Poole, Thomas, 2020, Leviathan in Lockdown, in: London Review of Books, LRB blog, 2020.03.01.
- アルブレヒト, デッケ=コルニル 2009「可死の神:トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』の表紙絵を読み解く」大谷学報 89(1).
- クリスタキス, ニコラス 2020『ブループリント(下)』Newspicksパブリッシング.
- 桑木野幸司 2018『記憶術全史 ムネモシュネの饗宴』講談社.
- 田中純 2003「レヴィアタン解剖」『現代思想』2003年12月号「特集=ホッブズ :力とは何か」, 青土社.