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ホッブズ『リヴァイアサン』三つの初版:ヘッド・ベア・オーナメント

目次

はじめに

 今回はトマス・ホッブズリヴァイアサン』(Leviathan, 1651)の初版について、Googleブックスを利用しながらその異版を見ていきたい。

リヴァイアサン』の三つの初版

 ホッブズの『リヴァイアサン』初版には大きく三つの異版(edition)があることが知られている。その一つがヘッド版、もう一つがベア版、さらに別の印刷がオーナメント版と呼ばれるものだ。この点について髙野彰は次のように述べている。

二点は、海賊版と言うこともあって、書名、出版社名、刊年がそのまま示された。そのため最初の本を含めた三点は扉を飾っているオーナメントによって識別、呼称されることになる。「人間の頭」で飾った「ヘッド版」(head)、枝を抱えて立っている「熊」を飾った「ベア版」(bear)、「小さな図柄」を三列並べた「オーナメント版」(ornaments)である。ヘッド版が真正版、残りの二点が海賊版と言うことになる。

(髙野2015: 1)

Googleブックスで"Leviathan"を検索すると、これら三つの初版(真正版と海賊版)がそれぞれ確認できた。それぞれを以下で紹介したい。

ヘッド版(真正版)

 まずは『リヴァイアサン』ヘッド版から見ていこう。これはオーストリア国立図書館(Österreichische Nationalbibliothek, ÖNB)によって公開されたものが利用できた。

onb.digital

Hobbes1651a, ÖNB2013

なおヘッド版と一括りに言っても、その中にさらに異刷(impression)があることがわかっている*1。ÖNB版はどうだろうか。

 1ページ目のタイトルに注目すると、ÖNB版では「THE INTRODUCTION」が全てイタリックになっていることが確認できる。

(Hobbes1651a: 1)

髙野によれば、ヘッド版は当初「THE」の部分をイタリックにし忘れてしまった為、途中でイタリックに修正したのだという。

「THE INTRODUCTION」はSwash italicで印刷する予定であったが、植字工が「THE」をローマン体で組んでしまった(図23)。そして印刷中にそのことに気付き、「THE」をSwash italicで組み直した。それが図24である。

f:id:sakiya1989:20201220015733j:plain

(髙野2015: 5, 17)

以上より、「THE」がイタリックになっているÖNB版は修正後の刷であると判別できる。

www.jaspul.org

ベア版(海賊版

 『リヴァイアサン』ベア版については、大英図書館British Library, BL)がGoogleブックスで公開しているものが確認できた。

Hobbes1651b, BL2015

先の表紙とイラストが異なることが見て取れる。口絵の印刷もインクが薄い。

オーナメント版(海賊版

 オーナメント版はマドリッド・コンプルテンセ大学(Universidad Complutense de Madrid, UCM)がGoogleブックスに公開しているものが利用できた。

Hobbes1651c, UCM2008

 この版は口絵のイラストが明らかに異なるので、素人目にも海賊版だとわかる。(というか、もはや顔が違いすぎて怖い…。)

おわりに

 以上、ホッブズリヴァイアサン』初版の三つの異版について見てきた。

 コロナ禍で大学図書館が利用し難い状況にあるが、一方で自宅にいながらGoogleブックスで異版を比べることもできる。

 しかしオリジナルを閲覧するのとデジタルデータを見るのとでは明らかな違いがある。デジタルデータでは、実際の本の大きさを体感することができない。その一例を挙げよう。

 筆者はかつて一橋大学大学院に在籍していた頃に、学内図書館に併設されていた社会科学古典資料センターにて、カール・マルクスが1844年にパリで出版した『独仏年誌』(Deutsch-Französische Jahrbücher, Hrsg. von Arnold Ruge und Karl Marx, Paris, 1844)のオリジナルを閲覧したことがある。Googleブックスで何度も見たことはあったが、実物を見た感想は『頭で思っていたよりも細いし小さかった』のである。百聞は一見にしかずとはこのことである。

 川又2014で紹介されている通り、『リヴァイアサン』の口絵にはユリ紋のウォーターマーク(Watermark、透かし紋様)があるとされる。だが、お札の透かし機能がデジタルデータとしては表現し難いのと同様に、透かしという物質性まではGoogleブックスでは伝わらない。それゆえ、デジタル化によってオリジナルの価値が全く無くなることはない。

 とはいえ、こうした点に留意しさえすれば、Googleブックスのようなデジタル化の恩恵をうまく利用することができるはずである。他に異版・異刷があったら教えていただけると嬉しい。

文献

*1:ヘッド版の異刷について詳しくは川又2014を参照されたい。