まだ先行研究で消耗してるの?

真面目に読むな。論理的に読むな。現実的なものは理性的であるだけでなく、実践的でもある。

〔翻訳〕ニコラス・バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究』(4)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

ニコラス・バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究』(承前)

富、および諸物の価値について(承前)

「内在価値」の行方
f:id:sakiya1989:20200924131623j:plainf:id:sakiya1989:20200924131735j:plain

 身体の諸欲求を満たし、生活を支える諸物は、実質的かつ自然的価値を持つと見做されてもさしつかえなかろう。それらはいつでもどこでも価値のあるものである。そしてもし仮におのれ自身のうちに内在的価値を持ち得る諸物があるとすれば、それらは畜牛とトウモロコシであろう。そしてそうであるがゆえに、賎民は家畜を数え上げるPauperis est numerare pecus〕という諺によれば、古代の時代には富の計算は畜牛の数によって行われていたのである。

(Barbon1696: 3-4)

ここから「内在価値 Intrinsick Value 」をキーワードとした議論に軸足が移っていく。

 Pauperis を「賎民」と訳したが、山下太郎によれば「家畜を数えるのは貧乏人の性分である Pauperis est numerare pecus 」という一文は、オウィディウス『変身物語』(Ovidius, Metamorphoses, Lib. ⅩⅢ: 824)に認められる*1

f:id:sakiya1989:20200924133146j:plain
 金と銀には実質的な内在的価値があり、それらはひとえに富や財宝と見做されるべきだ、という意見もある。

(Barbon1696: 4)

ここで取り上げられている「意見 opinion 」は、バーボン自身のものではない。金と銀とはいわば奢侈品であり、 先に考察された「身体の諸欲求を満たし、生活を支える諸物」とは異なり、むしろ「精神の諸欲求」を満たすものであるからである。

sakiya1989.hatenablog.com

文献

*1:山下太郎のラテン語入門「Pauperis est numerare pecus.」(2014年3月30日)。オウィディウス『変身物語』の新訳が、ちょうど昨年から今年にかけて刊行されている(オウィディウス2020)。