目次
ニコラス・バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究』(承前)
富、および諸事物の価値について(承前)
古代の神話のうちに見いだされし重商主義
これは、オウィディウスがミダースの物語によって反論しようと努めている古代の意見であったように思われる。バッコスはミダースにより饗宴でもてなしを受けたことから、返礼として、其方の望むものを何でも与えよう、と彼に話した。そして金こそ唯一の富であるという意見から、自分の触れるものは何でも金に変えてほしい、とミダースは望んだ。彼の願いは聞き入れられ、彼は歓喜した。だが、空腹になったことで、自らの過ちを確信した。なぜなら、彼がワインと肉に触れるやいなや、それらはすぐさま金に変わったからである。もしミダースがその渇きを癒すには金よりも水の方が価値があるという経験をした後、バッコスが自らの親切なもてなしのために川へ行水するよう彼をやり、彼の金を水へと転換するように彼を仕向けておかなかったとしたら、ミダースは餓死していたであろう。
(Barbon1696: 4)
ここで取り上げられているのは古代の神話である。ミダース(Μίδας)はギリシア神話に登場する王様のことである。ローマ神話に登場するバッコス(Βάκχος)は、ギリシア神話に登場する神であるディオニューソス(Διόνυσος)の別名である。
金や銀のような貨幣を富とみなしてその蓄蔵を主張したのは重商主義者のマリーンズ(G. de Malynes, fl. 1585–1627)である(中村ほか2001: 17)。だが、それよりも遥か昔の神話に着目して、そこに「金こそが唯一の富である」という見解をバーボンが見いだしているのは興味深い。