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マルクス『資本論』覚書(4)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

マルクス資本論』(承前)

第一部 資本の生産過程(承前)

人間的欲求を満たす物としての商品

(1)ドイツ語初版

 商品とはさしあたり,一つの外面的対象であり,その固有の諸属性によってなにかある種の諸々の人間的欲求を満たす物である.こうした人間的欲求の性質は,たとえそれが胃袋から生じようとも空想から生じようとも,事柄を何ら変えるものではない².いかにして物が人間的欲求を満たすのか,直接的には生活手段として,つまり享楽の対象としてか,はたまた一つの回り道であるが生産手段としてか,といったことについてもまた,ここでは取扱わない.

(Marx1867: 1)

(2)ドイツ語第二版

 商品とはさしあたり,一つの外面的対象であり,その固有の諸属性によってなにかある種の諸々の人間的欲求を満たす物である.こうした人間的欲求の性質は,たとえそれが胃袋から生じようとも空想から生じようとも,事柄を何ら変えるものではない².いかにして物が人間的欲求を満たすのか,直接的には生活手段として,つまり享楽の対象としてか,はたまた一つの回り道であるが生産手段としてか,といったことについてもまた,ここでは取扱わない.

(Marx1872a: 9-10)

(3)フランス語版

 商品とはさしあたり,一つの外的対象であり,それに固有の諸特性によってなんら重要ではないある種の諸々の人間的欲求を満たす物である.こうした人間的欲求が胃袋から生じようと空想から生じようと,その性質は事柄を何ら変えるものではない.ここでは,いかにしてこうした人間的諸欲求が満たされるか,直接的に,対象が一つの生存の手段であるか,一つの迂回路として,それが生産の手段であるかといったこともまた問題としない.

(Marx1872b: 13)

(4)ドイツ語第三版

 商品とはさしあたり,一つの外面的対象であり,その固有の諸属性によってなにかある種の諸々の人間的欲求を満たす物である.こうした人間的欲求の性質は,たとえそれが胃袋から生じようとも空想から生じようとも,事柄を何ら変えるものではない².いかにして物が人間的欲求を満たすのか,直接的には生活手段として,つまり享楽の対象としてか,はたまた一つの回り道であるが生産手段としてか,といったことについてもまた,ここでは取扱わない.

(Marx1883: 1-2,『資本論①』71〜72頁,訳は改めた)

ここで「さしあたり zunächst」という副詞が含意している事柄は一体なんであろうか.『資本論』の少し後の展開を見ると,商品には使用価値と交換価値という二つの要因があることが後述されている.だが,ここではまだ商品の二つの要因についてはいまだ言及されていない.そのため,ここではそこに至る論理展開の緒として「さしあたり zunächst」と述べられているのではなかろうか.

 ここでは「商品 Waare」は「人間的欲求 menschliche Bedürfnisse」の観点から説明されている.商品のいわば存在理由(raison d'être)は「人間的欲求を満たす」点にある.「人間的欲求 menschliche Bedürfniss」は脳内物質として人間の身体の内部にあるが,そうした脳内物質を満たす物は,個体としての人間身体の外部に位置するので,ここでは「一つの外面的な対象」と呼ばれている.

ニコラス・バーボン

 マルクスは注2でニコラス・バーボン(Nicholas Barbon, 1640-1698)の著作から引用している.

²)「欲望は欲求を含意している.それは精神の食欲であり,肉体にとっての飢えと同様に自然的なものである.…(物の)大多数は精神の諸欲求を満たすことでその価値を持っている.」(ニコラス・バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究.ロック氏の諸考察に答えて』ロンドン,1696年,p. 2, 3.)

(Marx1867: 1,『資本論①』72頁)

ここでバーボンについて軽く触れておこう*1.バーボンは1640年のロンドンに生まれ,ライデンで医学を学び,ユトレヒトで医師の学位を得た後にロンドンに戻った.

 そんなある日,1666年9月2日にロンドンでパン屋のかまどから出火して,ロンドン市内の家屋の8割以上が消失する一大事件が起きた(ロンドン大火 the Great Fire of London ).燃え広がった原因は、家屋のほとんどが木造であり、街路も狭かったためだという.この反省を生かし,1667年の「再建法」では家屋はすべて煉瓦造または石造とされ,木造建築は禁止され,道路の幅員についても規定された.

 バーボンもまたロンドンの再建復興に尽力した.そのさい,彼は火災保険の必要性を主張し,事業を起した.いまでは彼は世界初の火災保険会社の創設者として知られている.

 バーボンはポリティカル・エコノミーに関する著作をいくつか残しているが,その中で貨幣や自由貿易,需要と供給などについてのイノベーティブな見解を示したという.彼の『交易論』(A Discurse of Trade, 1690)は,ケインズの『一般理論』やシュンペーターのような20世紀の経済学者たちに影響を与えたという点で,重要な著作であるという.

 バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究』(A DISCOURSE Concerning Coining the New Money lighter, 1696)が公刊されたのは,バーボンの亡くなるおよそ2年前であり,彼が56歳になった年である.これがおそらくバーボンの最後の著作である.

 マルクスによるバーボンの著作からの抜粋は,1863年5月から6月にかけてマルクスが作成した「サブノート Beihefte E・F」に見出される(森下2010).

 上でマルクスが引用した箇所は,バーボンの原文を読むと二つのパラグラフにまたがっていることが確認できる(Barbon1696: 2-3)*2

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文献

*1:以下ではウィキペディアWikipedia)の記述を大いに参考にした.なおマルクスとバーボンを扱っているものとして鈴木2014がある.

*2:拙訳「〔翻訳〕ニコラス・バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究』(2)」を参照されたい.