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マルクス『資本論』覚書(4)

目次

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マルクス資本論』(承前)

第一部 資本の生産過程(承前)

〈手段〉としての「商品」

(1)ドイツ語初版

 商品は,まず第一に,外的対象であり,その諸属性によって人間のなんらかの種類の欲望を満足させる物である.この欲望の性質は,それがたとえば胃袋から生じようと空想から生じようと,少しも事柄を変えるものではない².ここではまた,物がどのようにして人間の欲望を満足させるか,直接に生活手段として,すなわち受用の対象としてか,それとも回り道をして,生産手段としてかということも,問題ではない.

(Marx1867: 1,岡崎訳71〜72頁)

(2)ドイツ語第二版

 商品は,まず第一に,外的対象であり,その諸属性によって人間のなんらかの種類の欲望を満足させる物である.この欲望の性質は,それがたとえば胃袋から生じようと空想から生じようと,少しも事柄を変えるものではない².ここではまた,物がどのようにして人間の欲望を満足させるか,直接に生活手段として,すなわち受用の対象としてか,それとも回り道をして,生産手段としてかということも,問題ではない.

(Marx1872a: 9-10,岡崎訳71〜72頁)

(3)フランス語版

 商品とは,まず第一に,外的対象であり,その諸属性によってなんらかの種類の人間の欲望を満足させる物である.この欲望がその起源を胃袋に持とうが,空想に持とうが,その〔欲望の〕性質は事柄を何ら変えるものではない.ここではまた,これらの欲望がどのようにして満たされるか,すなわち直接的に,対象が生活手段であるのか,迂回路を通って,〔対象が〕生産手段であるのか,ということも,問題ではない.

(Marx1872b: 13)

(4)ドイツ語第三版

 商品は,まず第一に,外的対象であり,その諸属性によって人間のなんらかの種類の欲望を満足させる物である.この欲望の性質は,それがたとえば胃袋から生じようと空想から生じようと,少しも事柄を変えるものではない².ここではまた,物がどのようにして人間の欲望を満足させるか,直接に生活手段として,すなわち受用の対象としてか,それとも回り道をして,生産手段としてかということも,問題ではない.

(Marx1883: 1-2,岡崎訳71〜72頁)

ここで「商品 Waare 」は〈手段 Mittel 〉として取り扱われている.「人間の何らかの種類の欲望を満足させる」ことがその目的である.この目的すなわち「人間的需要 menschliche Bedürfniss 」を満たす物は,肉体としての人間の外にある.

 商品という〈手段〉は、「直接的に unmittelbar 」は「生活手段 Lebensmittel 」として,間接的には「生産手段 Productionsmittel 」として用いられることが想定されている.ただし,ここでは直接的であるか間接的であるかはどうでもよいものとされている.

経済学者バーボン

マルクスは注2でニコラス・バーボン(Nicholas Barbon, 1640-1698)の著作から引用している.

²)「願望は欲望を含む.願望は精神の食欲であり,肉体にとって空腹が自然的であるように,自然的である.…大多数(の物)は,それらが精神の欲望を満足させるからこそ価値をもっているのである.」(ニコラス・バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究.ロック氏の諸考察に答えて』ロンドン,1696年,p. 2, 3.)

(Marx1867: 1,岡崎訳72頁)

ここでバーボンについて軽く触れておこう*1.バーボンは1640年のロンドンに生まれ,ライデンで医学を学び,ユトレヒトで医師の学位を得た後にロンドンに戻った.

 そんなある日,1666年9月2日にロンドンでパン屋のかまどから出火して,ロンドン市内の家屋の8割以上が消失する一大事件が起きた(ロンドン大火 the Great Fire of London ).燃え広がった原因は、家屋のほとんどが木造であり、街路も狭かったためだという.この反省を生かし,1667年の「再建法」では家屋はすべて煉瓦造または石造とされ,木造建築は禁止され,道路の幅員についても規定された.

 バーボンもまたロンドンの再建復興に尽力した.そのさい,彼は火災保険の必要性を主張し,事業を起した.いまでは彼は世界初の火災保険会社の創設者として知られている.

 バーボンは経済学に関連する著作をいくつか残しているが,その中で貨幣や自由貿易,需要と供給などについてのイノベーティブな見解を示したという.彼の『交易論』(A Discurse of Trade, 1690)は,ケインズの『一般理論』やシュンペーターのような20世紀の経済学者たちに影響を与えたという点で,重要な著作であるという.

 バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究』(A DISCOURSE Concerning Coining the New Money lighter, 1696)が公刊されたのは,バーボンの亡くなるおよそ2年前であり,彼が56歳になった年である.これがおそらくバーボンの最後の著作である.

 マルクスによるバーボンの著作からの抜粋は,1863年5月から6月にかけてマルクスが作成した「サブノート Beihefte E・F」に見出される(森下2010).

 上でマルクスが引用した箇所は,バーボンの原文を読むと二つのパラグラフにまたがっていることが確認できる(Barbon1696: 2-3)*2

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文献

*1:以下ではウィキペディアWikipedia)の記述を大いに参考にした.なおマルクスとバーボンを扱っているものとして鈴木2014がある.

*2:拙訳「〔翻訳〕ニコラス・バーボン『より軽い新貨幣の鋳造に関する論究』(2)」を参照されたい.