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ヴィーコ『新しい学』覚書(12)

目次

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(承前)著作の観念

真のホメロスの発見とウァッロの三時代区分

 続きを読みます。

また、ホメロスの像がひび割れた台座の上に立っているのは、真のホメロスの発見を意味している(真のホメロスの発見については、最初に出版された『新しい学』でもわたしたちは感知してはいたが理解するまでにはいたっていなかったのであって、今回、これらの諸巻においてはじめて反省にもたらされ、十分に論証されているものである)。この真のホメロスは、これまで知られずにきたため、諸国民の物語〔神話伝説〕時代の真のことがら、そしてさらに多くはこれまですべての者たちによって知ることを断念されてきた暗闇時代のことがら、ひいてはまた歴史時代の諸事蹟の最初の真実の起源をわたしたちに隠匿したままにしてきたのであった。すなわち、ローマの古事についての最も学識ある著述家、マルクス・テレンティウス・ウァッロがいまではすでに失われてしまった『神と人間にかんすることがら〔の古事記〕』と銘打たれた大著においてわたしたちに書きのこした〔と伝えられている〕世界の三つの時代の真実のことがらがそうである。

(Vico 1744:5〜6、訳24〜25頁)

ここで「最初に出版された『新しい学』」とされているのは、1725年版の『新しい学』のことです。『新しい学』には主に三つのバージョンがあり、一つ目が1725年版(ヴィーコ 2018b)であり、二つ目が1730年版、そして最後の三つ目が1744年版です。今読み進めているのは1744年版(ヴィーコ 2018a)です。『新しい学』最初の1725年版でもホメロスには言及されていましたが、後の版になってようやく第3巻「真のホメロスの発見」が追加されたのです。

 ヴィーコは『新しい学』の中でマルクス・テレンティウス・ウァッロ(Marcus Terentius Varro、紀元前116年-紀元前27年)という共和制ローマ期の学者に繰り返し言及しています*1ヴィーコ言及しているウァッロの著作は"Antiquitates rerum humanarum et divinarum"ですが、この著作はすでに散逸してしまっています。暗闇時代/物語時代/歴史時代の三区分はウァッロによるものです。ここで問題となるのは、ホメロスとウァッロがどのような関係にあるのかということでしょう。

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文献

*1:ヴィーコは第一巻「原理の確立」でウァッロについて次のように述べている。「この時代区分をマルクス・テレンティウス・ウァッロは受け継いでいないが、かれはその無尽蔵な学識のゆえにローマ人の最も開花した時代であるキケロの時代に〈ローマ人のうちで最高の学識の持ち主〉と称賛されていたほどなのだから、それは受け継ぐことができなかったのではなくて、受け継ぐことを欲しなかったのだと言わざるをえない。なぜなら、おそらくかれは、これらのわたしたちの原理からすれば古代の諸国民すべてについて真実であることが見いだされることがらをローマ国民のものであると、すなわち、ローマの神と人間にかんすることがらのいっさいはラティウムラツィオ〕で生まれたと理解していたのであった。このために、かれは、時が不公平にもわたしたちから奪ってしまったかれの大著『神と人間にかんすることがら〔の古事記〕』において、それらローマの神と人間にかんすることがらのいっさいにラテン起源をあたえるべく努力したのである(そのウァッロに十二表法がアテナイからローマにやってきたという作り話を信じていたという説があるとは!)そして、世界の全時代をつぎのような三つ、すなわち、まずはエジプト人の言っていた神々の時代にあたる暗闇時代、ついで英雄たちの時代にあたる物語時代、そして最後に人間たちの時代にあたる歴史時代の三つに分けたのであった。」ヴィーコ 2018:96〜97)。ここでヴィーコがウァッロの時代区分と対照しているのはヘロドトスの時代区分(神々の時代/英雄たちの時代/人間たちの時代)である。