まだ先行研究で消耗してるの?

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サイード『オリエンタリズム』覚書(6)

目次

sakiya1989.hatenablog.com

 

(承前)序説(二)

〈オリエント〉の「オリエント化」におけるヘゲモニー関係

前回このパラグラフに登場する「ヘゲモニー」概念を取り上げて、それがグラムシ的な意味でのそれであることを示した。そしてそれにつづく文章もまたグラムシ的であり、あるいはいわば「サバルタンスタディーズ」的な問題を孕んでいる。

The Orient was Orientalized not only because it was discovered to be “Oriental” in all those ways considered commonplace by an average nineteenth-century European, but also because it could be—that is, submitted to being—made Oriental. There is very little consent to be found, for example, in the fact that Flaubert’s encounter with an Egyptian courtesan produced a widely influential model of the Oriental woman; she never spoke of herself, she never represented her emotions, presence, or history. He spoke for and represented her. He was foreign, comparatively wealthy, male, and these were historical facts of domination that allowed him not only to possess Kuchuk Hanem physically but to speak for her and tell his readers in what way she was “typically Oriental.” My argument is that Flaubert’s situation of strength in relation to Kuchuk Hanem was not an isolated instance. It fairly stands for the pattern of relative strength between East and West, and the discourse about the Orient that it enabled.

オリエントがオリエント化されたのは、十九世紀の平均的ヨーロッパ人から見て、オリエントがあらゆる常識に照らして「オリエント的」だと認知されたからだけではなく、オリエントがオリエント的なものに仕立て上げられることが可能だった——つまりオリエントはそうなることを甘受した——からでもある。しかしそこには、ほとんど合意というものが見出されない。例えば、フローベールがひとりのエジプト人娼婦と出会ったことから、広範な影響を与えることになるオリエント女性像が想像された場合がそれである。そのエジプト人娼婦はみずからを語ることによって、自分の感情や容姿や履歴を紹介したのではなかった。フローベールがその女性のかわりに語って、その女性を紹介 = 表象したのである。フローベールは、外国人で、相当に金持ちで、男性であったが、これらの条件は、支配という歴史的事実にほかならない。この事実のおかげで、フローベールはクチュク・ハネムの肉体を所有するだけではなく、彼女の身代わりの話し手となって、彼女がどんなふうに「典型的にオリエンタル」であるのかを、読者に物語ることができたのである。ただし問題はフローベールがクチュク・ハネムに対して優位であった状況が決して例外的なものではなかったことである。フローベールにとっての力の状況は、東洋と西洋とのあいだの力関係の型ならびにそのような状況のおかげで成立したオリエントに関する言説をはっきりと象徴しているのである。

(Said 2003、訳27〜28頁、強調引用者)

ここでサイードが示唆しているのは、〈オリエント〉の「オリエント化 Orientalized 」の過程におけるヘゲモニー関係の存在である。すなわち(グラムシのタームである)「合意」を抜きにして、「オリエントがオリエント的なものに仕立て上げられることが可能だった it could be … made Oritental 」のは、(フローベールという)支配的階級が(エジプト人娼婦のような)いわばサバルタン(従属的階級)を「代表して代わりに語った」(He spoke for and represented her)からである。つまり、なぜ〈オリエント〉が作られたものなのかといえば、それは〈オリエント〉とされる人々が自分自身について語ったものではなく、他者による言説に過ぎないからであり、そしてまた支配階級という他者によって語られた〈オリエント〉の言説には常にすでにヘゲモニー関係が内在しているからである。

 しかし、どうして外国人の支配階級がエジプト人娼婦の代わりに語り、代表できるというのだろうか。フローベールが「ボヴァリー夫人は私だ」と述べたのと同様に、〈オリエント〉もまたフローベール自身に帰せられ得るのである*1

 なおここで「代表」という語が登場するが、これにはスピヴァクの興味深い問題提起が存在する。サイードの『オリエンタリズム』(1978年)が発表された十年後に、スピヴァクは『サバルタンは語ることができるか?』(1988年)という著作を発表した。スピヴァクのこの著作はグラムシの「サバルタン」概念を脱構築的に発展させたものであるが、その著作の中でスピヴァクマルクスの『ブリュメール18日』における「代表 representation 」概念に分析を加えつつ、「代表 representation」概念がもつ二重の意味に注目している。すなわち representation〔代表〕には、(政治的な意味で) vertreten〔代表する〕と(芸術や哲学における) darstellen〔表象する〕という二重の意味がある。そしてこの両義性こそが重要なのだとスピヴァクはいう。

(つづく)

文献

*1:クシウク・ハーネムが登場するのは、『フローベールのエジプト』(法政大学出版局、1998年、149頁以下)の箇所である。