まだ先行研究で消耗してるの?

真面目に読むな。論理的に読むな。現実的なものは理性的であるだけでなく、実践的でもある。

不条理な制度には不服従を示そう

 唐突に昔の憤りを思い出したので書き綴っておく。

 2015年のことである。

 私は現在ソフトバンク株式会社で正社員として働いている。が、最初から正社員だったわけではなく、当初は販売契約社員として入社して働いていた。販売契約社員とは3ヶ月更新(当時)で働く販売職の契約社員であり、派遣→販売契約社員→正社員という流れの中間に位置する雇用形態だ*1

 私が販売契約社員としてソフトバンクで働き始めてから3ヶ月後に「【重要】「2016年度新卒販売職採用」のご案内(エントリー10/29〆切)」というタイトルのメールが急に届いた。

お疲れ様です。人事本部 新卒採用担当です。

この度、新卒採用の応募条件に該当する販売契約社員の皆様にご案内をしております。2016年度新卒販売職(ソフトバンククルー)の採用選考にチャレンジしてみませんか?販売契約社員としての実務経験、スキル、ノウハウを生かして働く絶好の機会です。

新卒正社員として入社を希望される方は、下記内容をご確認のうえ、ぜひご応募ください。皆様のご応募を心よりお待ちしております。

 

1. 概要

新卒採用の応募条件に該当する販売契約社員の方に、新卒販売職(正社員)としての採用試験を実施いたします。

通常の正社員登用試験とは異なります旨ご認識ください。

 

2. 実施スケジュール

エントリー : 2015年 10月 23日(金)~10月 29日(木)18:00 迄

筆記試験: 2015年 10月 26日(月)~11月 8日(日)18:00 迄

面接(2回): 2015年 11月16~18、26~28日を予定 

※面接日時は筆記試験合格時に別途ご案内いたします。

入社日 : 2016 年4 月1 日

 

3. 対象

下記3点の条件を共に満たす方

(1)ソフトバンクの販売契約社員またはアルバイト

(2)2016年3月末までに国内外の大学院、大学、短期大学、専門学校、高等専門学校を卒業・修了見込みの方

(3)2016年4月入社時点で27歳以下の方

※販売実績・営業成績等は問いません

※過去に16年度新卒の販売職選考で不合格となった方は対象外です。

販売契約社員が正社員になるには正社員登用試験を受けなければならないのだが、そのためには「生産性ランクが6か月連続で「M」以上であること」(当時)等の条件を満たしておく必要があった。しかし会社は私に『新卒採用の条件を満たす対象者だから、一定以上の販売実績を条件とする正社員登用試験(中途採用)ではなくて、新卒採用の試験を受けていいよ』という趣旨のメールを送付してきたのである。しかも律儀にリマインドも含めて計3回もその内容を送ってきた(2015年10月23日、10月26日、10月28日の3回)。

 このメールの内容に私は憤りを覚えた。私が憤りを覚えた点は三つある。

  1. 当時、現場で力強く活躍しているのは決して大卒ではなく、主に高卒のメンバーであった(今は大卒が増えている)。にもかかわらず、私が大卒(正確には大学院修士修了だが)だからというだけで、新卒正社員試験を受けないかというメールを送ってきた点である。高卒であろうと大卒であろうと仕事の実力値からすれば既に現場で活躍している先輩たちを先に採用すべきだ。
  2. 対象条件(3)「2016年4月入社時点で27歳以下の方」とあるが、当時このメールが来た時点で私は26歳だった。私は現役で大学に進んだが、修士課程を3年(M3という)経験しているので、大学院修士課程修了時点(2015年3月)ですでに25歳である。『もし自分があと一年浪人していたら?あと一年留学・留年していたら?この条件は満たせなかった可能性があるのではないか?』と考えた。私がたまたまギリギリセーフの年齢だっただけで、もしそうでなかった自分というものも十分に想定されるのである。もし私がこの新卒採用の案内に乗っかってしまったら、(3)「2016年4月入社時点で27歳以下の方」といういささか不条理な制度に私が同意することになりはしないかと考えた。もちろん不条理かどうかは採用する側が決めることである。しかし現在では新卒採用年齢は引き上げられ、入社時30歳未満までの方が対象となっているから、(3)「2016年4月入社時点で27歳以下の方」という設定が不条理な年齢制限であったことを後に会社自身が認めているようなものである。
  3. 自分は販売のクローズをするときに限定感を出すことはするが、それと同じことを相手からされたら非常に不愉快である。そういう意図が少しでも感じられた場合、私は基本的に退く。上の条件(3)2016年4月入社時点で27歳以下の方」を満たすのは、私の年齢的に残りあと一年だけであった。会社は上の3つの条件により限定感を示して私に新卒採用を受けるように催促してきたように思われたのである*2とにかくこれが当時の私には不愉快極まりなかった。

 以上の三つが上記のメールに対して私が憤りを覚えた点である。

 加えて、当時の就業規則には副業禁止規定があった(現在は撤廃されている)。当時の私は『ただでさえ安い給与設定*3なのに副業禁止とは会社は一体どういうつもりで考えているのか?』と考えた。私はソフトバンクで働く傍らで、田上孝一編著『権利の哲学入門』(社会評論社、2017年)に寄稿する「ヘーゲルの権利論」の執筆を進めていたから、これが出版された時に自分が副業禁止規定に抵触してしまうのか気がかりだった。なので、もし執筆活動が就業規則に抵触するようであれば、出版を機に退職も検討していた。

 もう一つ、私は大学時代に非正規雇用問題に関心を持った。大学院修了後にユニクロでのアルバイトとソフトバンクの販売契約社員として働いたのは、少なからず労働の現場に身を置きその問題を実体験として認識するという狙いがあった。それゆえ、入社から3ヶ月程度で『大卒なので新卒採用枠で受けませんか?』という案内を間に受けてしまっては、非正規雇用の問題点を身をもって知るという当初の目的を果たすことができないと考えた*4

 結局私はこのメールに示されたURLに従ってエントリーサイトから「辞退」を選択した。上述のような憤りを他の点でも経験しているので、私は自分の会社の仕事を他人に勧めたりはしない*5。ESサーベイでも毎年必ず「この仕事を他人に勧めない」側の点数をMAXにして回答している*6会社の提示する条件に納得がいかない場合、あるいは不条理な既存の制度に同意できない場合、既存の制度を肯定しないためにもそれに敢えて従わないことが重要である。

recruit.softbank.jp

*1:ちなみに販売契約社員と正社員とでは年収におよそ100万円の差額が存在する(データは私自身の源泉徴収票に基づくn=1、物価変動および累進課税の影響は考慮していない)。この差額は職務能力の違いからではなく単純に雇用形態の違いに起因するものである(というのも、販売契約社員の時期と正社員の時期とで私において職務能力の違いはほとんど存在しなかったにもかかわらず、単に雇用形態の切替だけで給与がアップしたからである)。同一労働同一賃金の観点からみると、販売契約社員と正社員との年収の差額に合理的理由は存在しないが、販売契約社員に対する正社員の相対的に高い給与は、臨時社員(販売契約社員)からの搾取によって支えられているというのも一つの事実である。

*2:注意しなければならないのは、このことは私自身のバイアスによってそのように感じられたということであって、そういう意図をもって採用担当がメールを送ってきたかどうかという話ではない。

*3:年収にして約330万円程度である。ちなみに昨年度の私(32歳、入社から6年)の年収は500万円に僅かに届かなかった。給与の抑制はそれによって会社への忠誠心と勤労へのモチベーションをも抑制することができ、不動産投資の勧誘を数字の事実で撃退するのに効果的である。高い給与が支払われるのは親会社の役員だけである。

*4:今では非正規雇用の問題点は、非正規雇用(臨時社員)という不確定な雇用形態によって惨めな気持ちになり、長期的なライフプランを思い描くことができない点にある、と私は考えている。臨時社員はコンスタントに出勤しており、正社員よりも一月あたりの所定労働時間を長く設定されているのだから、その活動内容に照らしてみれば十分に「正規」と呼ぶに相応しく、それゆえそれを「臨時社員」と呼ぶこと自体がもとより間違っている。雇用形態とグレード級および馬鹿馬鹿しいMBO評価制度(これは半世紀前の時代遅れの制度である)によって形成されたヒエラルキーが社員の行動を規定しており、私はこうしたメカニズムを知りながらも敢えて無視するよう心がけている。一番大事にすべきはこのヒエラルキーの最下層にいる人々だからだ。

*5:労働環境は徐々に改善されている。上場を機にパワハラも減ったし、女性の管理職登用も進められている(ソフトバンク株式会社「管理職の女性比率を2035年度までに20%へ 」2021年6月22日)。かつてはおよそ温厚な人間の出世は遅れるか一定のポジションで止まり、他方でパワハラする人間がやり手として出世が早かったが、降格制度が出来てからはパワハラによって降格するケースも出てきた。だが、管理職の女性比率を増やす取り組みを会社として行っているということは、裏を返せば、「これまでに会社はジェンダーバイアスによって女性の管理職登用を阻害してきました」と大々的に宣伝しているようなものである。それは恥ずべき女性差別の歴史である。パワハラ気質の男性たちに先を越され、出世が何年も遅れた女性たちは、給与(昇給率)の面で不利益を被っているはずなのに、それに対する補償はされない。だが、女性管理職の比率を高めれば会社としてSDGsに貢献しているということで、女性をダシに使いながらまるで善良であるかのようなポーズを世間に対してアピールできるというわけである。これを女性搾取と呼ばずして何と呼ぼうか。SDGsという免罪符がなければ自己の差別を解消できないとは、何という恥ずべき組織だろうか。本当に他をリードする企業であるならば、SDGsというバズワードに乗っかるのではなく、それよりもっと先を行くべきである。

*6:毎年憤慨しながら私は回答している。2015年に中途採用で入社してからこれまで私の基本給は、総合職で新卒採用される者の基本給を常に下回ってきた。総合職と比較すると販売職の賃金は約13%低く設計されている。つまり販売職はその課せられた仕事の約13%(所定労働時間の約20時間/月に該当する)に関しては、労働しようがしまいが所詮遊休扱いなのだから、そのぶん手を抜くべきである。