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ラシャトル版かオリオル復刻版か?——フランス語版『資本論』をめぐって

目次

はじめに

 フランス語版『資本論』には,ラシャトル版とオリオル復刻版と呼ばれる二つの版本があることが知られている.現在,Googleブックスを通じて閲覧可能なフランス語版『資本論』のデジタルデータには,オックスフォード大学所蔵のものと,ローマ・サピエンツァ大学所蔵のものがある.以下では,これらの所蔵本がラシャトル版なのかオリオル復刻版なのかという点について見ていくことにする.

シャトル版(1872-75)とオリオル復刻版(1884/85)

 フランス語版『資本論』には,いわゆるラシャトル版とオリオル復刻版があることが知られている.

 フランス語版『資本論』は,ドイツ語版『資本論』の2版にかなりの改訂を加えた版本です.したがってフランス語版『資本論』は,『資本論』研究においてドイツ語版とはまた独自な価値のある版本とされています.これは1872年から1875年にかけて,44分冊を9回シリーズに分けてパリで発行されました.翻訳者はジョセフ・ロア,発行はラシャトル出版社でした.この版本を,後年に出版された復刻版と区別して,ラシャトル版と呼びます.ウローエヴァの調査によれば,ラシャトル版は9シリーズが順次刊行された後,すべてのシリーズを仮綴して1冊の本としても発行されたと言われています.

 この後,ラシャトルから出版社を譲られたアンリ・オリオルが,品切れとなった一部のシリーズを1884年に増刷します.また,ラシャトルの版本全体の復刻版を1885年に刊行します.これらは,紙型の組み換えなどがおこなわれ,ラシャトル版とは体裁の異なっている版本です.こちらは前者と区別してオリオル復刻版と呼びましょう.このオリオル復刻版については,印刷体裁の異なるいくつかの異本があることが知られています.

久保ほか2003:9)

シャトル版とは,1872年から1875年にかけて分冊で発行されたものと,その全体を指す.これに対して,オリオル復刻版とは,1884年に増刷された分冊と,1885年に発行された全体の復刻版を指す.いずれの版本も本文に差異はないとされているが,細部を比較すると,章タイトル飾りや挿画が違っていることが確認されている.

 フランス語版『資本論』が分冊で発行されたことにより,一冊の本として閉じられたもののなかには,ラシャトル版とオリオル復刻版が混在しているものがあり得る.実際,上の東北大学の報告(久保ほか2003:10以下)で示されているように,パスカルが所蔵していたフランス語版『資本論』は,途中(232ページ)まではマルクスパスカルに謹呈したラシャトル版で,それ以降(233ページから)はのちにパスカル自身が購入したオリオル復刻版が綴じられている.

 これらの点を踏まえて,以下では現在Googleブックスで閲覧可能なフランス語版『資本論』がラシャトル版なのかそれともオリオル復刻版なのかを検討する.

オックスフォード大学所蔵本

 まずはオックスフォード大学所蔵のフランス語版『資本論』を見てみよう.

表紙には「アンリ・オリオル監修」(HENRY ORIOL, DIRECTEUR)の文字が見える.これは,この版本がオリオル復刻版であることを示すものであろうか.その判断については留保しつつ,続いて224ページ17章冒頭を見てみよう.

他の章では飾りの中に"CHAPITRE"と表記されているが,ここでは"XVII"とだけ表記されている.続いて268ページの挿画を見てみよう.

ここには楽器だけが描写されているが,次に見るように楽器と楽譜が描写されているものや,ものによっては人物画が描かれているもの等が確認されている.人物画のものはパスカル本に含まれおり,これがオリオル復刻版の特徴であるといわれている.

 このオックスフォード所蔵本は,東北大学の報告では中野本と呼ばれている版本の特徴に一致している.「中野本はラシャトル版の特徴を備えて」(久保2003:10)いるとされているので,オックスフォード所蔵本はラシャトル版の可能性が高い.しかしながら,上で見たように,表紙には「アンリ・オリオル監修」の名前が付いている.この点からオリオル復刻版の可能性も排除できない.

 もともとラシャトル版の表紙に「アンリ・オリオル監修」と表記されていたのかもしれないが,この点については他の版本を比較しないことにはなんとも言えない.

ローマ・サピエンツァ大学所蔵本

 次にローマ・サピエンツァ大学所蔵本のフランス語版『資本論』を見ていこう.

 この所蔵本の表紙はスキャンされておらず,そのため,表紙に「アンリ・オリオル監修」の文字が付されていたのか不明である.さしあたり比較可能な224ページを見てみよう.

オックスフォード大学所蔵本とは異なって,こちらでは"CHAPITRE"の文字が見える.また268ページの挿画は次のようになっている.

オックスフォード大学所蔵本とは異なって,こちらでは楽器と楽譜が描かれている.

以上のようにオックスフォード大学所蔵本とローマ・サピエンツァ大学所蔵本とを比較することによって,フランス語版『資本論』に異版また異刷がある可能性が確認された.

文献