斎藤環『100分de名著2022年12月 中井久夫スペシャル 』(NHK出版、2022年)
目の前の人間を尊重する精神医学
中井久夫はいわゆる「DSM-5」に依拠する普遍症候群の精神医学一辺倒ではなく、「個人症候群」というスタンスに基づいて個々の患者に寄り添うという。その姿を、著者の斎藤環は上手く描きだしている。斎藤は中井の著書にみられる経験知を「箴言知」と呼んでいるが、それはいざというときに非常に役にたつ。
精神医学というのは、何も医者の専売特許ではない。というのは、私の部下がストレス反応で若干の呼吸困難を引き起こした時に、恐れ多くもカウンセリングもどきのようなことを行なった経験からである。最初は本人の口からは表面的なことがらがぽつぽつと出てくるのだが、そうした対話を通過した後で、慌てることなく一呼吸置いて少しばかり辛抱強く待ってみる。そうすると、家族という個人的な悩みが吐露された。少なくとも私はその体験から、精神医学への関心とその解像度が飛躍的に向上したように思う。その際に私の念頭にあったのは、中井久夫のいう「個人症候群」のスタンスであった。