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真面目に読むな。論理的に読むな。現実的なものは理性的であるだけでなく、実践的でもある。

『源氏物語』「宿木」覚書(2)

目次

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源氏物語

宿木

最初期の寵愛とその後

『校異源氏物語』巻五、1701頁

その比、藤壺と聞こゆるは、故左大臣殿の女御になむおはしける。まだ春宮と聞こえさせし時、人よりさきにまゐり給ひにしかば、むつましくあはれなる方の御思ひは、ことにものし給ふめれど、そのしるしと見ゆるふしもなくて年経給ふに、中宮には、宮たちさへあまた、こゝらおとなび給ふめるに、さやうの事も少なくて、たゞ女宮一所をぞ持ちたてまつり給へりける。
(『源氏物語(八)』「宿木1」岩波文庫、68頁)

 

そのころ後宮藤壺と言われていたのは亡き左大臣の女の女御であった。帝がまだ東宮でいらせられた時に、最も初めに上がった人であったから、親しみをお持ちになることは殊に深くて、御愛情はお持ちになるのであったが、それの形になって現われるようなこともなくて歳月がたつうちに、中宮のほうには宮たちも多くおできになって、それぞれごりっぱにおなりあそばされたにもかかわらず、この女御は内親王をお一人お生みすることができただけであった。

(與謝野晶子訳)

【単語】

  • 「その比(ころ)」は、注釈には「新しい人物を登場させる際の語り出しの型」(岩波文庫、69頁)とあり、「紅梅」巻冒頭*1や「橋姫」巻冒頭*2を列挙している。
  • ここで「藤壺」と呼ばれている者は、注釈には「今上帝の女御」(岩波文庫、69頁)とある。Wikipediaによれば、『源氏物語』に登場する「藤壺」には三人おり、(1)桐壺帝の中宮、冷泉帝の母、(2)朱雀帝の女御、女三宮の母(1の異母妹)、(3)今上帝の女御、女二宮の母である。
  • 「春宮(とうぐう)」とは、ここでは「皇太子」の意味であろう。『古語辞典 第十版増補版』(旺文社)には、「五行説で、東は春に当たるので、「東宮」を「春宮」とも書き、「とうぐう」と読む」(922頁)とある。

ここで描かれているのは、「藤壺」と呼ばれていた彼女の華やかな経歴と対照をなす変遷である。というのは、「人よりさきにまゐり給ひにしかば」とあるように、彼女はある意味で最も早いうちから皇太子に寵愛され、絶好のポジションを得ていたわけである。だが、その早さとは対照的に、「むつましくあはれなる方の御思ひは、ことにものし給ふめれど、そのしるしと見ゆるふしもなくて」、つまり精神的な豊かさに反比例してその現象としては大きな成果を得られないという、なにか不穏な雰囲気が漂う。そして「たゞ女宮一所をぞ持ちたてまつり給へりける」とあるように、子供は今上帝の女二宮だけしかもうけなかったことで、「中宮には、宮たちさへあまた」、つまり多数の中の一人にすぎない境遇に置かれたことになる。

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文献

*1:「その比、按察大納言と聞こゆるは…」(『源氏物語(七)』「紅梅(1)」岩波文庫、50頁)。

*2:「そのころ、世に数まへられ給はぬ古宮おはしけり。」(『源氏物語(七)』「橋姫(1)」岩波文庫、198頁)