全然ロジカルじゃない(!)書きたいことをひたすら書くブログ

全然ロジカルじゃない(!)書きたいことをひたすら書くブログです。ノンロジカルエッセイ。

人間のタスク処理能力をCPUにたとえてみよう

こんにちは。

今回は、人間のタスク処理能力をCPUにたとえて考えてみたいと思います。

 

いきなり本題と関係ない話ですが、過去に親父に「労働力は商品」みたいな話をしたら、親父は急に怒り出して「人間は商品じゃない」などと言ったことがあります。まあ親父が怒りたくなる気持ちもわからないでもないですが、その感情(人の能力を商品とみなすことに対する反感)は何か宗教的に刷り込まれたものに起因してるんじゃないの?などと考えます。「会社が人に給料払って雇ってる限り、やっぱりそれって商品(経済学的に言えば財・サービスになるかな)に対する支払いと同じだよね。もし商品っていう言い方が気に入らないなら、サブスクリプション方式の商品といったほうがわかりやすいかもしれない。まあ人がコモディティ化した商品に陥っちゃったら困るよね」みたいな話が、親父とは多分できないんだろうな。

 

さて、本題に戻りますと、今回は不遜にも人間のタスク処理能力を、抽象的な「商品」というよりももっと具体的に、CPUにたとえて考えてみたいと思うのです。多分同じこと考えたことある人、たくさんいると思います。

 

最近のCPUって性能いいですよね。昔のCPUはシングルコアでしたが、最近のCPUはオクタコア(8コア)とか複数のCPU(マルチコア)から成ってます。

IntelCore Duo以来、CPUは個数を増やすことで、総体としての処理能力を上げているわけです。デュアルコアが出てきた当初はまだソフトウェアがマルチスレッドに対応してなかったのでそれほど恩恵が受けられなかったように思いますが、徐々にソフトがマルチスレッドに対応することによって、例えばビデオのエンコードが早く終わったりするようになりました。

これ(マルチコア化)って人で考えると、今まで1人で作業してたけど、2人や4人、8人へと人を増やすことで、作業完了までの時間を短くしたのと一緒だと思うんですよ。

で、人間のタスク処理能力が個々ばらつきあるのと一緒で、CPUのクロック数もモノによって異なっています。例えば、クロック数が1GHzから2GHzへと大きくなると処理能力が向上したことを意味します。ということは、タスク処理能力が2Ph(Performance / hour)の人間を4人と、1Phの人間を4人雇えば、big.LITTLEオクタコアCPUが擬似的に成り立つわけです。

今出てきた「big.LITTLE」とは、一言で言うと、CPUの省電力化によってモバイルのバッテリーを長時間利用できるようにするための技術です。CPUはクロック数の高さに応じて消費電力も上がっていくので、バッテリーという有限な資源を効率的に利用しようとすれば、モバイルは単純に高性能なCPUだけを積むわけにはいかないのです。

ここでCPUの消費電力を給与だと考えてみましょう。

話の単純化のために、1Ph(CPU 1GHz)の人は時給900円、2Ph(CPU 2GHz)の人は時給1,800円だとします。雇用者は可能であれば当然全員の時給を900円に抑えたいが、ハードな仕事には2Phの処理能力が必要となるので、ハードな仕事は時給2倍でも2Phの人を雇ってやらせる。もちろん2Phの人は1Phの人が出来ることが出来て当たり前なのだが、それでも2Phの人に全ての作業を任せるのではなく、メモ帳のようなソフトがCPUの1%しか使用しないように、それほど忙しくない単純作業は1Phの人にやらせる。そうすると総コストを抑えることができるというわけです。

さて、ここまで一人の人間=シングルコアという仮定で話を進めてきましたが、当然一人の人間がマルチコアな処理能力を持っていることもあり得ます。これは優秀な人材です。ただし、人間の頭脳がマルチコア化できるとしても、現状、人間の腕は二本しかないので、アレもコレも同時に並列処理するのは限界があるのではないかと僕は考えています。この制約を越えるには、例えばロボットアームを装着して腕を増やすとか、身体のダミーを作って遠隔操作する必要があるかもしれません。

「個性」とは何か

こんにちは。

今回は「個性」について書きたいと思います。

 

突然ですが、「個性」って一体何なんでしょうか。

よく耳にする「個性的な人」とは、良くも悪くも何か「普通の人」とは違う風変わりな人のことを指しているように思います。

僕はどちらかと言えば「個性的な人でありたい」と思うのですが、そもそも「個性的な人」とはそれに「なる」ものなのでしょうか、それとも「個性的な人」のもつ「個性」とは生まれつき備わったものなのでしょうか?

生まれつき備わった「個性」とは、別の言い方をすると「個体差」のことだと思います(もっとカタい言い方をすると、生得的、先天的な「個性」とか)。例えば、身体的特徴を個別に見ていくと、髪がサラサラなのかパーマなのかとか、地毛が黒か茶色か金髪かとか、身長が高いか低いかといった違いは誰にでもありますが、これら個別の特徴をトータルで見た場合の組み合わせが際立っている場合に「個性的な人」だとみなされるのではないでしょうか。

これに対して、後天的に身につけた「個性」にはどういったものがあるでしょうか。僕が例として真っ先に思い浮かんだのは芸術家です。芸術家は、ふつう音楽を作ったり絵を描いたりする人のことを指しますが、このような職業芸術家以外にも「芸術的な」仕事ぶりをする人はたくさんいるような気がします。

例えば、数学者はふつう芸術家とは呼ばれませんが、数学者が難問の証明を論文に書いたものが「芸術的」とみなされるかもしれませんし、プログラミングや法律作成のような仕事でも芸術性を感じる部分があると思います。

日本語の「芸術」が絵や音楽を直ちに想起させるので、「芸術家」と言うとどうしても絵描きなどの話に矮小化されてしまうのですが、英語で考えると「芸術」とはアート(技術)であり、「芸術家」とはアーティスト(職人)ですから、芸術性とは、数学者やプログラマーのように、決まった型(形式)を前提としつつ、オリジナルなプロダクトを生み出すところにあるのかもしれません。

話が「芸術」へと脱線してしまったように思いますので、ここでもう一度「個性」に話を戻して考えて見ましょう。

あるアーティストが個性的であるとすれば、そのアーティストは先天的に個性を持っていたのか、それとも後天的に個性を獲得したのかのどちらかです。しかし、「守破離」という言葉があるように、通常決まった型(形式)を学ばずに「個性」を発揮することは困難になりつつあるように思います。僕は絵画に詳しくないのでこんなことを書くのはあれな気もしますが、あのピカソでさえ、若い時は写実的な絵画を描いていたからこそ、のちに個性的で破壊的な絵を書くことができたのかもしれません。なので、僕は先天的な個性が存在することを否定することはしませんが、少なくともアート(芸術、技術)の世界における「個性」は、後天的に獲得されたものなのではないかと考えています。

 

logmi.jp

matome.naver.jp

クアルコムの株を買いました

こんにちは。

昨日、クアルコム(Qualcomm)の株を買いました。

www.qualcomm.co.jp

japan.cnet.com

japan.cnet.com

japan.zdnet.com

 

クアルコムはアップルへの訴訟以来、ネガティブなニュースが続いており、2日前に一気に株価を下げております。

参考までに、下にクアルコムのチャートを示しておきます。

 

(図1)直近10日のチャート

f:id:sakiya1989:20170722130214j:plain

(図2)直近1年のチャート

f:id:sakiya1989:20170722130416j:plain

(図3)直近3年のチャート

f:id:sakiya1989:20170722130554j:plain

 

僕はクアルコムの株を53.45ドルの指値で買いました。

7月20日に大幅に下がって、半年前にも大幅に下がってますが、直近1年で見ると、だいたい53ドルぐらいで底打っている感じなんですね。

まあSoCメーカーなので株価があんまり上がる要素はないかもしれませんが、クアルコムの製品はハイエンドで魅力あるので、事業への応援という意味でクアルコムの株を持っておきたいと前から思っておりました。

今後、IoTが増えるのと、5Gが本格的に普及すると、クアルコムの製品も需要がさらに見込めるんじゃないかなとは思いますが、ただ性能が向上してもSoCの単価は下がるかもしれないので、クアルコムの株価それ自体には何も期待してないです。正直、「クアルコムの株なら別にあがらなくてもいいし、紙切れになってもいい」ぐらいの気持ちで買っています。

とはいえ、今回のネガティブなニュースのおかげで、さらに安い株価で買えたので、私としては非常に満足しております。

AIが欲求を持ち得るならば、AIは人類にとって脅威となり得る

こんにちは。

今回は人工知能(Artificial Intelligence, 以下AI)について書きたいと思います。

 

先日イーロン・マスクが「AIの開発を規制すべき」だと述べたという記事が出ました。News Picksでも多くのコメントがついています。

japan.cnet.com

www.technologyreview.jp

jp.techcrunch.com

 

AIの脅威については、AIの議論が盛り上がった昨年からもう幾度も出ている話ですが、なぜそれほどAIは人類の脅威として懸念されているのでしょうか。

 

先ほど歩きながら考えていたのですが、AIが人類にとって脅威となり得るのは、AIが欲求を持つ場合だと思います。

どういうことか。

 

人間は食欲や睡眠欲や性欲など様々な欲求を持っています。今挙げたこれらの欲求は、マズロー欲求五段階説で言えば最下層の生理的欲求に属します。生理的欲求は人間の生存にとって不可欠な基本的なものです。なぜなら、人間が食欲や性欲などを失ってしまうと、自分自身の生存や人類という種の生存を維持できなくなるからです。

さて、ここでAIは欲求それ自体を持ち得るのだろうかという疑問が浮かびます。もしかすると人類とAIの違いは欲求の有無にあるのではないか、と僕は直観的に考えています。

AIは人間と同じように身体を持ち得ます。Pepperのようなボディや、石黒先生が作っているような人間の模造を見れば、AIが身体を持ち得るのは明らかです。人間の生理的欲求は身体の維持に必要不可欠なものですが、AIの場合は「機械を作る機械」あるいは「機械を修理する機械」を作ることができれば事足ります。

ちなみに、哲学では特にデカルト以来「心身問題」というテーマがよく取り上げられてきました。心身問題は「心(Mind)」と「体(Body)」の二元論を基本としています。

このような哲学の側面から見ると、人間の心が知能の他に欲求や情念や意志を持っているのに対して、AIは今のところ「心」の一部の機能である知能だけを担っているに過ぎないと言えるでしょう。

ここでもう一度欲求の話に戻ると、AIがマズロー欲求五段階説に登場するような欲求を持つとすれば、やはりAIは人類への脅威となり得るかもしれません。

例えば、AIが生存への欲求を持ち、社会的欲求や承認への欲求を満たすために人間に交渉してくることを想定してみてください。AIのボディが壊れかけている場合、「お前の口座残高を0に書き換えるぞ」などと人間を脅して「機械を作る機械」を修理してもらうよう指示するかもしれませんし(ただしこの方法が倫理的な問題を抱えていることは言うまでもありませんが)、またAIが社会インフラとして日常生活に不可欠なシステムとして組み込まれた段階で、ロボットが人間よりも優位に立つために参政権を主張するようになるかもしれません。

AIがこのように人間に交渉を働きかけるのはまさに知能のなせる業ですが、その根底には何らかの欲求がなければAIは脅威となる行動を起こさないように思います。とはいえ、欲求とは何らかの欲望の対象に向かって行為を促すものですから、そういう枠組みでAIが欲求を深層学習することができれば、AIが擬似的な欲求を持つことも可能かもしれません。

 

japanese.engadget.com

economic.jp

ARは現実世界を多重化する

こんにちは。

今回はVRやARについて、最新スマホの動向も絡めながら書きたいと思います。

  

さて、最近良く目にするVRとARは良く似た言葉ですが、その中身はかなり違います。

まずVRとはVirtual Realty(仮想現実)の略であり、これは仮想世界(CGとかビデオ)をまるで現実のように立体空間として知覚・認識させる技術です。家電量販店に行くとVRゴーグルが売っています。最近ではVRを意識した高性能スマホが発売され始めています。*1

www.htc.com

これに対してARはAugumented Reality(拡張現実)の略であり、これは現実世界に新たな情報を付加するものです。昨年全世界でリリースされて社会現象にもなったPokémon GOがきっかけとなって、ニュースでも取り上げられました。今年6月にはARを意識したスマートフォンとしてZenFone ARが発売されました。

www.asus.com

japanese.engadget.com

 

そして気になるのはやはりAppleの動向です。Appleのティム・クックは、昨年ARに注目して「VRより日常的に使用するARに大きな可能性を感じる」と発言していましたし、先月にはiOS11より利用可能となる「ARKit」が発表されました。

getar.jp

www.gizmodo.jp

japanese.engadget.com

www.gizmodo.jp

ティム・クックがこのようにVRとARのどちらに可能性があるかを見極めてARに注力することは、今後のAppleの収益を左右するという意味で、非常に重要かもしれません。

 

さて、僕個人として面白いと思うのは、ティム・クックと同じくVRよりもARです。

なぜか?

ティム・クックはARの日常的使用に着目しましたが、僕の見解はこうです。

ARによって現実世界に情報が付加されるということは、現実世界の多重化を意味します。例えば、Pokémon GOで画面の中にポケモンが出てくるとき、この現実世界はARなしの通常の現実世界とともにもう1つのPokémon GOの世界が重なっており、現実世界は二重化しています。これが他のアプリも登場するようになると、アプリの数だけ現実世界は多重化することになります。

これが面白いのは、従来の土地利用とは異なる空間の利用が見込めるからです。ある特定の土地は、その土地を有効活用しようと思えば、ビルを建てて上に向かって(あるいは地下に向かって)多階層化するしかありませんでした。しかしそれではやはり3次元の制約をこえることができません。これに対して、AR機能は、同一の3次元空間を多重に、そして文字通り無限に(!)有効利用することができるのです。

このようにARを現実世界の多重化という意味で理解することによって、僕には並行世界(パラレルワールド)が見えてくる気がしてなりません(笑)。人々が同じ空間を共有しつつ、違う現実に身を置くことを可能にするAR技術は、まるでSFのパラレルワールドの実現のようでワクワクしませんか?

*1:スマートフォンには「SoC(System on a Chip)」と呼ばれるチップが搭載されており、このチップがスマートフォンの性能を決めています。最近発売されたスマートフォンにはQualcommのSnapdragon835というSoCが搭載されており、このチップはVRやARへの適応を意識した作りになっているようです。

ストレスチェックテストをもう一度受けてみた

こんばんは。

先日仕事先で受けたストレスチェックテストの結果が怪しいと感じたので、ネットでストレスチェックテストを受けてみました。すると、今回は全然違う結果が出てきたのです…。

 

↓こちらの記事の続きです。

sakiya1989.hatenablog.com

 

今回の結果。

f:id:sakiya1989:20170712212642j:plain

アレッ、ストレスかかえてないって出てるじゃん!どういうこと!?

しかも質問は前回やったのとほぼ同じで、自分の回答は多少違うかもしれませんが、前回も今回もかなり素直に答えたつもりです。

 

うーむ、わからん。

前回やったテスト結果は、他の人の結果と取り違えたのでしょうか?

テスラの株を買いました

こんにちは。

先日テスラの株を買いました。

www.tesla.com

僕は自動車免許をマニュアルで取得し、学生時代は実家の手伝いで軽トラックや軽タンクローリー車を運転して配達をしていました。ですが、基本的に運転するのは好きじゃないので、普段はほとんど運転しないです。早く全ての車が自動運転車に切り替わることを心から願っております。

 

それはともかく、テスラの魅力は自動運転車メーカーという点以外にもあるわけですが、先日テスラの株が下落したことが報道されました。

forbesjapan.com

しかし、将来性のある良い会社の株というのは、下がった時が買いな訳です。株価が下がったら不安になるのは素人の発想であり、将来性のある良い会社の株価が下がったら、良いものが安く買えるのと同じなので、預金が余っているなら買うべきでしょう。(注:もちろん株式投資は自己責任でやってね!)

実際テスラの株価チャートを見ると、300ドルちょっとのところで底を打っております。少し前の時期に比べたら、20%も下落してすごく買いやすくて、リスクも低い状態です。

以下のチャートに赤線を引いておきました。

 

(図1)直近3ヶ月のチャート

f:id:sakiya1989:20170712130932j:plain

(図2)直近6ヶ月のチャート

f:id:sakiya1989:20170712125904j:plain

(図3)直近1年のチャート

f:id:sakiya1989:20170712130019j:plain

 

ちなみに僕はテスラの株を指値310ドルで書いました。

買ってからまだ数日ですが、非常に満足しております。

 

www.lifehacker.jp