全然ロジカルじゃない(!)書きたいことをひたすら書くブログ

全然ロジカルじゃない(!)書きたいことをひたすら書くブログです。ノンロジカルエッセイ。

プログラミング学習スピードが指数関数的に伸びている

こんばんは。

今回は、プログラミング学習の進捗について書きたいと思います。

 

僕は毎年何かしら新しいことに挑戦することにしているのですが、今年はプログラミングに挑戦している年だと言えそうです。

 

それで「プログラミングを意識し始めたのっていつだったっけな〜」と思いまして、自分のブログ記事を遡って見たら、今年の1月にちょまどさんを取り上げた記事で「プログラミングを勉強しようと考えている」と書いているのを発見しました。この時はまだ全然プログラミングに取り掛かっていませんでした。

sakiya1989.hatenablog.com

 

次にプログラミング言及しているのが今年2月の以下の記事でした。この時は確かブルーバックス『プログラミング20言語習得法』(小林健一郎著、講談社、2014年)を読んで一人で格闘していました。ただ、正直プログラミングってどうやったらいいのかは良くわかりませんでした。

sakiya1989.hatenablog.com

 

次にプログラミングに言及したのは6月の二つの記事で、XcodeAndroid Studioアプリ開発に触れてみたというものです。Xcodeで"Hello World"をシミュレーション表示した時が初めてプログラミングを始めて手応えを感じた瞬間だったと思います。

sakiya1989.hatenablog.com

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この時期には、他に『たのしいRuby 第5版』(高橋征義+後藤裕蔵著、まつもとゆきひろ監修、SBクリエイティブ、2016年)という本を仕事終わりにコーヒー飲みながらさらっと読んだりしました。

ただRubyのインストール方法が良くわからないので、未だにmacにはruby 2.0.0p648というプリインストールされている旧バージョンしか入っていません。つい先日、20分ではじめるRubyというページを参考に、irbで簡単なコードを実行させてみました。

 

で、今月Pythonの勉強を始めたわけですが、Pythonすごく分かりやすいし、Pythonを勉強してからプログラミングがすごく身近になりました。一番の効用は、Pythonを通じて他のプログラミング言語も理解できるようになったことです。

sakiya1989.hatenablog.com

Pythonでプログラミング上の概念を理解した効果は本当に凄まじくて、今月に入ってから並行してかなり学習が進んでいます。JavaJavaScriptSQL、Xamarinの本を買って読み進めています。

最初の数ヶ月はほんとゆっくりしかプログラミングに取りかかれず、理解には程遠い状態だったのですが、徐々にスピードが上がっており、今月に入ってから爆発的に理解のスピードが上がりました。もちろん学習スピードを数値化したわけではないのですが、どうやら学習スピードは線形的ではなく指数関数的に伸びていくもののようです。

どうやら人間には年相応の欲望があるらしい

こんばんは。

今回は自分の欲望について書きたいと思います。

 

最近、自分の欲望が変わってきたように感じています。自分の欲望が変化するという事は、それによって自分の行動も変化するという事だと思います。「なんでこんなに変わってしまったんだろう?」とふと考えてしまう事があります。

例えば、少し前だったら、僕がプログラミングに興味を持つなんてことは考えられませんでした。しかし、最近ではRubyPython、Xamarinの本に目を通すようになりました。それは基本的にはプログラミングを知りたい、あるいはできるようになりたいからなのですが、もしプログラミングができるようになれば仕事の幅も広がるし、エンジニア以外の仕事にもプログラミングの考え方を応用できるかもしれない、また非エンジニアであっても可能な限りテクノロジーを理解する努力が必要ではないか、とも考えているからです。

もちろんテクノロジーを理解する努力をするために始めたのがこのブログなワケですが、このブログでいくつかの小ネタを書くために割と様々な本を物色した結果、ふわふわした内容ではなく、プログラミングという具体的なスキルを身に付けたいと思うようになったのかもしれません。

そもそも学生の時にはITに関わる仕事をしたいとは思いもしなかったですし、むしろITなど毛嫌いしていたように思います。人生何が起こるかわかったものではありません。

あとは貯金がある程度できてきたら投資したいと思うようになりました。これは年相応というよりは、単純に貯金を持っているかどうかに依存する欲望かもしれません。もし時間があれば、あらゆる上場企業に目を通して分散投資するためにリストを作ってみたいと考えているのですが、今のところはまだ着手できていません。

もう一つ欲望を挙げると、結婚したいと思うようになりました。もちろん好きな相手と結婚したいという欲望自体は10代だろうと20代だろうと何歳でも持つと思うのですが、ようやく結婚の先まで考えられるようになったのが年相応の違いかな、と思います。とはいえ、結婚の場合は先のことを深く考えない方が吉ということもあるかもしれません。

これらの欲望はカテゴリーが違っていますが、しかし根幹では繋がっているものだと思います。というのも、スキル修得・資産運用・結婚という欲望は、客観的に突き放して見れば、自分が社会の中でいかにして生き残り、子孫を残すのかという点に繋がるからです。僕は知的に考えているようで、実はただ生存本能に従属しているに過ぎないのかもしれません。

Pythonに入門しました

こんにちは。

前から気になっていたPython。今日はじめてPythonに触れました。ついに私もPythonデビューです。

 

Pythonのインストールはこちら

www.python.org

 

 今日はずっと湯本堅隆 著『独習Python入門』(技術評論社、2016年)を片手にPythonファイル(.py)を作っていました。初学者向けにとてもいい本です。非エンジニアの僕でもPython動かせたんだから(笑)

デバイスにはデバイス固有の価値がある

こんにちは。

今回はデバイス固有の利用価値について考えてみたいと思います。

 

突然ですが、皆さんはインターネットをする際に、どのデバイスを利用しているでしょうか?

バイスとは具体的にはスマホタブレット、パソコンのことを指しますが、同一人物でも、ある時はスマホを使ったり、ある時はタブレットを使ったり、またある時はパソコンを使っているかもしれません。

実際、僕はiPhoneAndroidスマホ)、iPad Air2(タブレット)、MacBook Air(ノートパソコン)のいずれかでインターネットを利用しています。外出中にパソコンをインターネットに繋げる時は、スマホテザリング機能を使っています。ちょうどこのブログを書いている今もテザリングを利用して打ち込んでいます。

さらに僕はデバイス内でも利用ブラウザをChromeにするかSafariにするか、利用内容に応じて変えています。Safariの方が動作が速かったり、Chrome拡張機能を使うためであったり、どちらか一方では動作対応していないページがあったり、片方に履歴やブックマークが記録されているからであったりと理由は様々ですが、これらの理由をそれほど意識しないまでも自然と使い分けています。

 

さて、これら複数のデバイスを使い分ける中で僕が思ったのは、バイスにはデバイス固有の利用価値があるのではないかということです。

どういうことか。

 

バイス固有の利用価値を説明するために、まずはいくつか使い分ける場面を想定してみましょう。

さしあたり思いついたのは次の二点です。

一つは、ファイルの作成段階なのか、完成ファイルを閲覧するのか。

もう一つは、ネットサーフィンする時です。

 

(1)ファイル作成時とファイル閲覧時

例えば、パワーポイントのようなスライド形式で作成されたファイルを閲覧するには、タブレットが適しているように思います。情報も視覚的に入って来やすいですし。

しかし、エクセル、ワード、パワーポイントのようなファイルを1から作る場合には、パソコンの方が適しているように思います。もちろんスマホタブレットでもこれらのファイルを編集できないこともないですし、数値入力に適している面もあるかもしれませんが、とはいえ一部の機能が制限されて使えないこともありますので、ファイル作成段階ではパソコンが適していると言わざるを得ません。

 

ファイル作成時:スマホタブレット<パソコン◎

ファイル閲覧時:パソコン<スマホタブレット

 

自分はブログの文章を入力するのはもっぱらパソコンですが、ブログ記事のために画像を探したり取り込んだりする場合には、スマホで撮影した写真やタブレットでスクショした画像をiCloud経由で読み込んでいますので、結局のところ各デバイスの便利な面を組み合わせて複合的に利用しています。

 

(2)ネットサーフィン時

どうもスマホタブレットでネットサーフィンをする時と、パソコンでネットサーフィンをする時とでは入ってくる情報に差があるような気がしてなりません(ヒロシ風)。

例えば、スマホだったらニュースを見る(外出中に立ちながらでも利用できる)、タブレットスマホの内容を大画面で見たいときに使う(座って使うと便利)、パソコンは文章入力に使う、というように利用シーンに応じて使い分けることができると思います。さらに利用シーンに応じて使い分けると、その都度の目的も変わってくるので、検索ワードや興味関心も変化するように思います。なので、パソコン利用中は堅いワードで検索するけど、スマホ利用中はゆるいワードで検索している、ということも考えられます。

したがって、スマホはちょっと気になったワードを調べるのに便利ですが、しっかりと情報収集するのであればスマホよりもタブレットタブレットよりもパソコンの方が優れている、といえるかもしれません。

 

簡易検索:パソコン<タブレットスマホ

詳細検索:スマホタブレット<パソコン◎

 

またタブレットやパソコンであれば、ブラウザで複数のタブを表示しておくことができるので便利です。もちろんスマホのブラウザでも複数ページを扱うことができるのですが、スマホだと画面が小さい上にタブの切り替えが面倒です。僕は検索する時に、ブラウザタブを同時に6個も10個以上も沢山開くことが多いので、スマホでは物足りないです。

とはいえ、スマホはアプリを使うとものすごく便利ですし、アプリの場合はスマホタブレット固有の利用価値があると言えます。 

 

僕はパソコンを使うのもタブレットを使うのもスマホを使うのも好きですが、以上の理由からデバイスをいずれか一つにしろと言われたら結構難しいですね。でも、頑張ればどれか一つで全ての機能をやりくりすることも不可能ではない気がします。(ただ僕は無理して頑張るのは嫌いなんでやりません笑)

ブログテーマを変えました

こんにちは。

 

ブログテーマを変えてみました。

背景色の暗いものを選んでみましたが、いかがでしょう。

個人的には、リンクが緑色や水色に光るのがカッコ良くて気に入っています。

タイトルの両サイドに/* */が入るのは、よく分かりませんがそういう仕様っぽいです。

 

加えて、このブログにGoogleアナリティクスを導入しました。

Googleアナリティクス超便利です。なんでもっと早く導入しなかったんだろう。

仕事でデータ記録してるとやっぱり数値分析大事だな〜って思う今日この頃です。

もうデータって見てるだけで楽しくないですか。

思わぬ発見があったりとか。

 

あとプログラミングで学びたい言語がいっぱいあるのに、なかなか進んでいない状況です。

とりあえず着目してるのが、以下の言語です。

それにしても思っているだけで一向に上達しない…。

昨日ようやくドットインストールとGitHubに登録したぐらい。

「不気味の谷」現象を、あえて利用する

こんにちは。

 

今回は「不気味の谷(uncanny valley)」という現象について書きたいと思います。

 

不気味の谷」とは、ロボットが人間に極めて近づいてくると、ある一定の段階で不気味に感じられるようになる現象のことを言います。

不気味の谷」という発想は、1970年に森政弘先生が書いたエッセイに端を発しています。森政弘先生のこのエッセイ(所収:『ENERGY』第7巻第4号、1970年)は、下(↓)のGetRoboというサイトで全文が読めます。

www.getrobo.com

wired.jp

robotnaut.net

WIREDの記事に載っているような研究による「不気味の谷」現象の証明以来、「不気味の谷」はロボットの顔や身体に対する人間の反応として理解されているように思われますが、しかし、森政弘先生のエッセイを読むと、「不気味の谷」は当初、ロボットに対する反応だけでなく、「動く死人」や「能面やせ男」などに対する反応としても考えられていたことが分かります。このことは、ロボットではない我々人間が非人間的な振る舞いをすることによっても、「不気味の谷」を作り出すことができることを意味します。

 

ところで、「不気味の谷」は、今でこそロボット研究者にとっては避けるべきものと考えられています。

しかし、不気味の谷」という人間の反応をあえて利用することを考えても良いのではないか、と私は思います。「不気味の谷」は、それを超えて親近感を持たせることがロボット開発の基準になるとともに、「不気味の谷」をうまくコントロールして利用できるようになったら、より面白いことができそうではないでしょうか。

例えば、今は夏です。テレビでも映画でも、夏は怪談話とかホラー映画をやっていますよね。ならば、「不気味の谷」を応用して、不気味に感じられるホラー映画を意識的に作ってみたり、あるいはディズニーランドのようなアトラクションで、いかにも不気味に感じられるものを用意しても良いんじゃないでしょうか。CGクリエイターが、不気味なものをプロモーションビデオに応用しても良いと思います。(あ、もちろん炎上しない程度にね!それも狙ってやるなら別だけど!)

 

ちなみに、不気味なものに対する反応は人それぞれだと思いますが、すでに「不気味の谷」をあえて利用することを試みた人がいました。ドワンゴの川上さんです。「不気味の谷」現象の興味深いサンプルとして、宮崎駿監督の反応が参考になると思います。↓

youtu.be

このブログのタイトルについて

こんばんは。

 

昨年12月よりブログを始めて8ヶ月ぐらい経ちました。

突然始めたブログですが、非常に楽しく続けております。

本当にブログを始めてよかったなぁ、とつくづく感じております。

sakiya1989.hatenablog.com

 

今回は、このブログのタイトルについて説明したいと思います。おそらくちゃんと説明した記事がまだなかったので。

 

このブログのタイトルは「全然ロジカルじゃない(!)書きたいことをひたすら書くブログ」ですが、実際にはごく一部ロジカルに展開されている記事もあったかもしれません。

「全然ロジカルじゃない」としているのは、わざと「全然ロジカルじゃない」記事を目指しているのではありません。厳密にロジカルであることを追求しないという意味で「全然ロジカルじゃない」としています。

というのも、気軽に記事をアップできることがブログのメリットであるのにもかかわらず、もしブログ記事で厳密にロジカルであることを追求してしまうと、僕は論文書くのと同じぐらいの推敲を重ねてしまうので、いつまでたっても記事をアップできないという矛盾に陥り、結果的にブログのメリットを潰してしまうことになります。記事の中で展開されている僕の思考には当然ヌケモレがあるかもしれないし、具体的な数字もほとんど提示しないままアップしているから「全然ロジカルじゃない」のです。(ただし、書くスピードで思考できる限りにおいては、ロジカルさを減じていません。)

ロジカルが決して悪いわけではなく、言語表現である限り一定のロジックは当然必要ですが、しかしロジックだけで新しい発想やひらめき、着想を書き留めることは不可能です。このブログでは、厳密なロジックよりもひらめきや着想を大事にするために、「全然ロジカルじゃない」とタイトルで断っているのです。

 

後半の「書きたいことをひたすら書くブログ」はまさにその言葉の通りで、僕が書きたいことをひたすら書いています。

実は自分が書きたいことを書くというのは、好き勝手に書いているようで意外と難しいのではないでしょうか。なぜなら、自分の興味関心というのは、本当に自分がそれに興味を持っているのか、はたまた他人の影響を受けたものかもしれないからです。

自分が何が好きなのか、何に興味を持てるのかを毎日自分に問い続けていかなくては、自由に書きたいことも書けません。ブログはインターネット上に公開されていますが、この読者をある特定の層や知り合いだとかに周知してしまうと、そのような想定される読者層に合わせた記事を書くようになってしまうのではないかと危惧します。

 

このブログの説明の最後に「ノンロジカルエッセイ。」と書いてあるのですが、フランス語のessaiは「随筆」という意味の他に「試み」とか「企て」という意味を持っています。

このブログで扱うテーマはビットコインであったり、VR・ARであったり様々ですが、テーマがあちこち飛ぶのは、僕が新しいテーマに触れ、書きながら、別の発想を「試み」ているからです。

これは一人でブレストをやっているようなものです。毎日何かしらの着想が出てくるので、それをそのまま書き出してブログの記事として載せているだけです。ブログを書くためにネタを探すようなことは一切やっていません。

ちなみに、吉本隆明さんの代表作に『マチウ書試論』というものがありますが、あれはもしかすると、ロジックだけで書いているのではないという意味で「試論」となっているのかもしれませんし、そうであるとすれば「試論」と呼ばれるものをロジックだけで読み解こうとするのは間違っていると言えるのかもしれません。

最後に、鎌倉時代の代表的な随筆家がエッセイの本質を言い表しているので、引用して閉めたいと思います。

「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」(兼好法師徒然草」)