目次
はじめに
本稿では、生成AI(ChatGPT)を活用した人文学研究の手法の開拓を試みたい。さしあたり筆者が今回試みた人文学研究の手法の概要を、以下に6つのステップで示す。
- ChatGPTに対して、あるテーマについて尋ねる。
- ChatGPTから得られた最初の回答に対して、追加でその詳細を尋ねる。
- ChatGPTから得られた二つ目の回答に対して、反証を試みる。
- ChatGPTが反証に対して抗弁できず誤りと認めた内容に関しては、ハルシネーションと判断する。
- ハルシネーションを検証する。
- ハルシネーションを応用する。
本稿では上記の6つのステップを踏まえることで、人文学研究において新たな発見が得られることを示す。
ステップ1〜2:ChatGPTに尋ねる
筆者は先の6つのステップに従って、今回はホッブズの言語論についてChatGPTに尋ねてみた。
——ホッブズは言語についてどのように考えましたか。
ChatGPT トマス・ホッブズは、言語を人間の思考と社会的コミュニケーションにとって極めて重要なものと考えました。彼は言語を、概念を整理し、考えを他者と共有するための道具と捉え、その機能には大きな価値を置いていました。
ホッブズの著作『リヴァイアサン』では、言語が人間の知識の基盤であり、合理的な思考を可能にするための鍵だと述べられています。彼は、言語によって人間は抽象的な概念を形成し、複雑な問題を解決できると主張しました。
一方で、ホッブズは言語が誤解や混乱を引き起こす可能性があるとも考えており、言葉の不正確な使用や意味の曖昧さが争いや誤解を生む原因になると警告しています。彼にとって、言語の正確で一貫した使用は、安定した社会秩序の確立に不可欠なものでした。
要するに、ホッブズにとって言語は、合理的な思考と社会の安定に不可欠な道具である一方で、慎重に使わなければならない力でもあったのです。
——もっと詳しく教えてください。
ChatGPT トマス・ホッブズは、言語についてより深い哲学的観点を持っており、彼の認識論や政治哲学とも密接に関連しています。ホッブズの言語観をさらに詳しく掘り下げると、以下のような重要な側面が浮かび上がります。
1. 言語と思考の関係
ホッブズは言語が思考の基盤であり、概念を表現し、合理的な議論を可能にする手段であると考えました。彼は、人間の思考を「計算」として捉え、言語はその「計算」の道具だと述べています。具体的には、言語は「名前付け(ネーミング)」によって物事や概念を区別し、その後にこれらの名前を論理的に組み合わせることができると考えました。つまり、言語が無ければ複雑な思考や推論は不可能であり、言語によって私たちは世界を理解し、説明することができるという立場を取っています。
例えば、ホッブズは「言葉のない思考はない」と述べ、言葉がなければ明確で持続的な思考をすることは難しいと考えました。この点で、彼は後に言語と認識の関係を議論した哲学者たち(特に言語分析哲学やウィトゲンシュタイン)の議論に通じるものがあります。
2. 言語の機能:記号としての言葉
ホッブズは言葉を記号(サイン)と見なし、言葉は単に対象を指し示す記号であると主張しました。言葉自体は対象そのものではなく、対象を表現するためのツールです。たとえば、「木」という言葉は、実際の木そのものではなく、我々が認識する木の概念を表す記号です。この記号を通して人々は共通の認識を持つことができ、それによって社会的なコミュニケーションが可能になるのです。
3. 言語の正確さと曖昧さ
ホッブズはまた、言語の曖昧さや不正確さが社会に混乱をもたらすと強調しました。彼は、言葉が正確に定義されなければならないと考えており、意味の不明確な言葉が誤解や争いの原因となると述べています。彼にとって、言語の誤用は理性的な議論を妨げ、無秩序を招くため、注意深く取り扱わなければならないものでした。
ホッブズはまた、言葉の定義が政治においても重要であると考えており、特に『リヴァイアサン』では、権力や正義などの政治的な概念が明確に定義されるべきだと主張しています。これによって、社会の構成員が同じ概念に対して同じ理解を持つことができ、政治的な秩序が保たれると考えました。
4. 社会契約と言語
ホッブズの有名な社会契約論も、言語と深く結びついています。ホッブズは、自然状態では人間は利己的で暴力的な存在であり、「万人の万人に対する闘争」が起こると述べています。この混乱を避け、安定した社会を築くために、人々は「契約」を結び、国家(リヴァイアサン)に権力を委ねます。この契約は、言語を介して成立するものです。言葉によって約束や協定が交わされ、それによって人々はルールに従い、社会的な秩序が形成されるとホッブズは考えました。
5. 名辞の専制
ホッブズの政治哲学において、言語は権力と密接に結びついています。彼は「名辞の専制(the tyranny of names)」という概念を提唱し、言語が権力を持つことを指摘しました。つまり、特定の言葉やフレーズが人々に影響を与え、時には誤った概念や偏見を助長することがあると警告しています。この点で、ホッブズは言語が単に中立的なツールではなく、権力関係を構築し、維持するための手段としても機能することを見抜いていました。
結論
ホッブズにとって言語は、人間の思考、コミュニケーション、そして社会的秩序に不可欠なものでしたが、同時に誤解や混乱を招きうる危険性を持つものでもありました。彼は言語の正確で明確な使用を求め、政治的および社会的な安定を保つためには、言語の意味が共有されなければならないと考えました。
(ChatGPT「ホッブズの言語論」)
筆者はChatGPTに対して、まず最初に「ホッブズは言語についてどのように考えましたか」と尋ね、その回答を得た上でさらに「もっと詳しく教えてください」と尋ねた。ChatGPTの文章それ自体は、まるで人間が叙述したかのように非常に優れているが、内容について検討すると、ホッブズの思想としてわざわざ取り上げるまでもないような、他の思想家でも言いそうな抽象度の高い事柄しか述べられていない。そして特に注意すべきなのは、ひとつひとつの論旨の根拠が示されていない点である。それゆえ、「もっと詳しく教えてください」という質問を追加することで、ChatGPTにその内容の詳細を示してもらう必要がある。
ステップ3〜4:反証を試みる
ChatGPTの回答内容の一部にハルシネーションの疑いがあったので、筆者は次のように尋ねた。
——ホッブズは「名辞の専制(the tyranny of names)」について、どこで記述していますか?
ChatGPT 「名辞の専制(the tyranny of names)」という表現自体は、ホッブズの著作の中で直接的に使用されているわけではありません。ただし、ホッブズの言語観や言葉の使い方に対する警戒は、彼の著作『リヴァイアサン』やその他の作品で広く言及されています。特に『リヴァイアサン』の中で、言葉がどのように誤解や争いを引き起こすかについての議論が展開されています。
ホッブズは、曖昧な言葉や誤解を生む言葉が人々を惑わせ、争いを引き起こす可能性があると考えました。具体的には、『リヴァイアサン』の第4章「言葉について」(Of Speech)で、言葉の不正確な使用が混乱と無秩序をもたらすことを述べています。また、第5章「理論について」(Of Reason and Science)でも、言葉の適切な定義がいかに重要かを強調しています。
「名辞の専制」という表現が指す内容は、言葉が単なるコミュニケーションの道具としてではなく、権力や影響力を持つものとして機能するという考え方に近いものです。ホッブズは、特定の言葉や概念が曖昧なまま用いられると、それが人々を支配する力を持つようになると警告しています。これにより、人々は実態のない名辞(名目上の権威や概念)に従わざるを得なくなり、結果的に言語が権力を行使する手段となりうるという点を強調しています。
この考え方は、ホッブズの権威や国家に対する考察とも結びついています。ホッブズは、権力者や統治者が言葉を巧妙に操作することで、人民を支配し、社会秩序を維持することができると理解していました。この点で、ホッブズの言語に対する考察は、単なる哲学的な問題に留まらず、政治的な力学にも関連しているのです。
——ホッブズは「名辞の専制(the tyranny of names)」という表現を用いていないにもかかわらず、あなたがカギ括弧つきであたかもホッブズが「名辞の専制(the tyranny of names)」という言葉を用いたかのような誤解を読み手に与えるような記述をしたこと自体、ホッブズが批判しようとした当の事柄そのものではないのですか。
ChatGPT あなたのご指摘は非常に的確で、ホッブズの言語に対する懸念と照らし合わせると、私の最初の説明に誤解を招く表現が含まれていたことはその通りです。ホッブズが批判していたのは、言葉の不正確な使用や意味の曖昧さが、誤解や混乱、さらには権力や支配の道具として使われうるという問題でした。私が「名辞の専制」という表現をカギ括弧付きで示したことで、ホッブズがその言葉を実際に用いたかのような印象を与えてしまいました。これは、まさにホッブズが警戒していたように、言葉が実態と異なる力を持つ例であり、その点について謝罪いたします。
ホッブズは具体的に「名辞の専制」という言葉を使用していませんが、その考え方は、言葉の不正確な使用によって生まれる影響力や権力についての懸念に対応しています。私がその考えを要約するために便宜的に使った表現が、ホッブズの原意から離れてしまったことを認識し、言葉を正確に扱うことの重要性を再認識します。
(ChatGPT「ホッブズの言語論」)
以上のやりとりから、ホッブズが「「名辞の専制(the tyranny of names)」という概念を提唱し」たというChatGPTの主張を、筆者はハルシネーションと判断した。他にもハルシネーションを発見したが、ここでは割愛する。
ステップ5:ハルシネーションを検証する
「名辞の専制(the tyranny of names)」という概念をカギ括弧付きのままでホッブズの思想とみなすことには問題がある。だが、ホッブズの思想としてではなく、「名辞の専制(the tyranny of names)」という概念そのものについて考えることは可能である。
「名辞の専制(the tyranny of names)」の用例は、1999年に出版されたThomas L. Schwenkの論文「The Tyranny of Names in Mental Health Care」*1に見出される。この論文の内容をChatGPTに尋ねると以下のように示された。
——次の論文の内容を要約してください。Thomas L. Schwenk, The Tyranny of Names in Mental Health Care, in: The Journal of the American Board of Family Practice January 1999, 12 (1) 99-101.
ChatGPT Thomas L. Schwenkの論文「The Tyranny of Names in Mental Health Care」(1999)は、精神保健ケアにおける「名前」の使い方が抱える問題について論じています。特に、診断名や病名が患者に与える影響、医療提供者の思考や行動に制約を与えるリスクについて焦点を当てています。
Schwenkは、診断ラベルや病名がしばしば治療やケアの一部として必要であるものの、これが過度に強調されると、患者の個人的な背景や感情的なニーズが見過ごされる危険性を指摘しています。診断名に固執することで、医療提供者は患者を単に「病気」として見る傾向が強まり、患者の個別の状況や複雑な人間性を無視しがちになると警告しています。
また、精神疾患に対する診断ラベルは、社会的なスティグマや偏見を助長する可能性があり、患者が自らを「その病気」と同一視することで、治療における障害にもなり得ると述べています。
Schwenkは、精神保健ケアにおいて、診断名の重要性を認めつつも、患者をより全人的に理解し、診断名にとらわれない柔軟なアプローチが必要であると主張しています。
——この論文を日本語に翻訳してください。
ChatGPT 以下がThomas L. Schwenkによる論文「The Tyranny of Names in Mental Health Care」の翻訳です。
精神保健ケアにおける名前の専制
著者: Thomas L. Schwenk
発表: The Journal of the American Board of Family Practice, 1999年1月, 12 (1), pp. 99-101
はじめに
精神保健ケアの文脈において、私たちは絶えず「名前」、つまり診断名や病名に直面しています。これらの名前は診断を確定し、治療を導くために欠かせないものとされています。しかし、これらの「名前」が抱える大きな問題について考える必要があります。特に、名前に過度に依存することが患者や医療提供者に与える悪影響です。
名前が持つ力
医学の世界では、名前やラベルが持つ力は計り知れません。診断名は、その病気に適切な治療法を適用するために欠かせませんし、臨床ガイドラインや研究も診断名に基づいています。しかし、この名前が患者の個々の状況や感情的なニーズを覆い隠し、単に「病気」という側面だけに焦点が当たる危険性があります。
患者の複雑性の無視
診断名が与えられることで、患者の個人的な物語や、人生の中で直面している複雑な問題が無視されることが多くなります。たとえば、うつ病や不安障害のラベルがつけられると、その人が何を経験し、何に苦しんでいるのかという背景が見えなくなる危険性があります。名前に頼りすぎると、患者を全体的に見る視点を失い、治療が一面的になってしまうのです。
スティグマの強化
さらに、精神疾患に関する名前は、社会におけるスティグマ(偏見)を助長することがあります。特に、精神保健ケアの分野では、診断ラベルが社会的な汚名を生み、患者が自らを「その病気」として同一視することにつながります。この自己認識の変化は、治療や回復を妨げる要因になる可能性があります。
柔軟なアプローチの必要性
もちろん、診断名が全く不要であるとは言えません。適切な名前を使うことは、治療のための重要な一歩です。しかし、それがすべてではありません。診断名は患者を理解するためのひとつの要素に過ぎず、それにとらわれすぎることなく、柔軟で包括的なアプローチが必要です。
結論
精神保健ケアにおける「名前」の専制を克服するためには、私たちは診断名に固執するのではなく、患者を個人として、また全体的に見る努力を続けなければなりません。病名は治療の道標でありながら、患者の複雑な人間性や個別のニーズを軽視してはならないのです。
以上が翻訳内容です。
(ChatGPT「Thomas L. Schwenkの論文「The Tyranny of Names in Mental Health Care」(1999)」)
Google検索を用いて我々は関連性の高いWebサイトを調べることが可能であるが、その内容については外国語で書かれたものを精度の低い翻訳フィルターを通じて読むことができるだけであった。これに対して、ChatGPTは外国語の論文を要約させたり、翻訳させたりすることができるので、その内容にまでより深く踏み込んで調べることができるようになった。
ステップ6:ハルシネーションを応用する
Schwerkの上の論文では、メンタルヘルスケアにおいては「名辞の専制(the tyranny of names)」がスティグマの強化につながる点が示唆されていた。これに対して、ホッブズの著作にはスティグマの強化という視点はおそらくない。スティグマ研究は20世紀に入ってから社会学の分野においてアーヴィング・ゴッフマン(Erving Goffman, 1922-1982)らによってなされてきたのであり、スティグマ研究の開始はホッブズの時代よりもずっと後になってからのことである。
では、もしホッブズがスティグマの強化について考察したとしたら、どうなるだろうか。この点をChatGPTに尋ねてみた。
——ホッブズはスティグマの強化についてどのように考えますか。
ChatGPT ホッブズ(Thomas Hobbes, 1588-1679)は、社会契約論や国家権力の正当性に関する議論で知られていますが、「スティグマ」の概念そのものについては直接的に議論していません。ただし、彼の思想の中には、スティグマの強化に関わると解釈できる要素があります。
ホッブズの基本的な思想
ホッブズは、人間の自然状態を「万人の万人に対する闘争」と表現し、自然状態では人々は自己保存のために無秩序な状態に陥ると考えました。これを避けるために、人々は社会契約を結び、絶対的な権力を持つリヴァイアサン(国家)を立てて、自分たちの安全を守るとしました。
スティグマに関する解釈
スティグマ(社会的烙印)に関するホッブズ的な解釈は次のように考えられます。
- 支配と秩序維持のための道具
ホッブズは国家権力が秩序を維持するために、人々の行動を制御し、違反者に対して罰を課すべきだと考えていました。この権力の行使は、社会的に「逸脱」した行動や考え方をする人々に対してスティグマを強化する形で機能することが考えられます。リヴァイアサンは社会の秩序を保つために、特定の行動や集団に否定的なレッテルを貼ることで、社会全体の規範を維持するという見方も可能です。- 名誉と恥の概念
ホッブズは人間の動機の一つとして「名誉」や「恥」を重視していました。人々は社会的に評価されたいという欲求を持っており、これにより行動が制約されると彼は考えました。スティグマはこの「恥」に関連しており、社会的な評価や評判が悪化することで、個人が社会から疎外される状況を意味します。ホッブズの理論では、国家権力が個人に「恥」を与える形でスティグマを強化し、秩序を維持することが可能です。- 恐怖によるコントロール
ホッブズの思想の中心にあるのは「恐怖」による支配です。人々は自然状態の無秩序を恐れ、その恐怖を避けるために権力に従います。同様に、スティグマが個人にとって恐怖をもたらすものであれば、それは社会の中で規律を強化するための手段として用いられるかもしれません。スティグマは社会的な排除や否定という形で、秩序違反を防ぐための道具となりえます。まとめ
ホッブズはスティグマについて直接論じていないものの、彼の思想からは、権力が秩序維持のために社会的なスティグマを強化する可能性が示唆されています。ホッブズの社会契約論や権力理論を通して、スティグマは人々を規律するための一種の社会的メカニズムと解釈することができます。
(ChatGPT「ホッブズとスティグマの強化」)
ホッブズの思想の中でスティグマがどのように位置付けられるのかという点から論じられたことは、これまでなかったと思われる。それもそのはず、ホッブズはスティグマに関しては一切語っていないからである。ChatGPTはこのような新たな論点に関しては、明らかに創造性を発揮している。
おわりに
本稿では、生成AI(特にChatGPT)を活用した人文学研究の手法について、6つのステップを提示した。実際の運用においては、これら6つのステップの順番を入れ替えたり、飛ばしてもらっても構わない。生成AIを活用することで新たな知見が得られることが重要なのであって、研究の手法の形式が重要なのではないからである。ChatGPTが示した見解を叩き台として、その内容をより豊かなものへと彫琢することが人間にとっての課題である。本稿で示したいくつかの手法がその導入の役割を果たすであろう。