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ヘーゲル『法の哲学』覚書:「対外主権性」篇(2)

目次

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ヘーゲル『法の哲学』(承前)

対外主権性(承前)

諸国家の独立性と統合の問題

  第322節

 排他的な対゠自゠存在としての個体性は,他の諸国家への関係として現れ,その諸国家のそれぞれが他に対して独立している.この独立性において,現実的精神の対゠自゠存在がその定在をもつのであるから,この独立性は一国民の第一の自由であり,最高の名誉である.

(Hegel1820: 330,上妻ほか訳335–336頁)

概ね前節と同様の内容であるが,前節では国家がまさに「排他的な対゠自゠存在としての個体性」であることが示されたのに対して,ここではそうした一つの自立した個としての国家が「他の諸国家との関係 Verhältniß zu andern Staaten 」においても同様であることが示されている.

 しかし,一つの国家が個として独立しているということは,ある意味で厄介な問題を孕んでいる.というのも,それによって諸国家の統合というのは容易ならざるものであるからだ.この点については,同節の注解で言及されている.

 多かれ少なかれ独立した一国家をつくりなして,それ自身の中心をもつような統合体が望ましいと語るひとびとは,——他国とともにひとつの全体を形成するために,みずからのこのような中心点とその独立性を失うことが望ましいと語るひとびとは——,統合体の本性と一国民がその自主独立においてもつ自己感情についてほとんど知らないのである.——したがって,国家が歴史的に出現するさいの最初の権力は,たとえまったく抽象的であって,何らそれ以上の内的発展をもたないにせよ,そもそもこの独立性なのである.それゆえに,国家のこの原初の現象には,家父長,族長等々といった一個人がその〔権力の〕頂点にたつことが属している.

(Hegel1820: 330–331,上妻ほか訳336頁)

要するにドイツの諸邦はそれぞれに独立した中心点を持っているのだから,それらの個々に独立した中心点を捨ててひとつの全体を成そうとすれば,それは中心点を失うと同時に独立性の側面をも失ってしまうことになるのである.しかしながら,個としての独立性なくして対外主権性もまたあり得ないのである.(ちなみにここで後半の国家の「原初の現象」すなわち国家の樹立に関する議論については,本書C「世界史」の第394節以下で詳しく述べられているので割愛する.)

 坂本清子(?–2004)は当時のドイツの状況について次のように述べている.

フランス革命後のドイツでは,多数の領邦国家に分立している「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」の現状を何かの欠如あるいはF. ハルトゥングの言う「帝国国制の欠陥」とする意識が顕著になっていた。ウェストファリア条約(1648年)によって帝国等族(Reichsstädte)が国家主権を獲得してドイツの小国分立体制が法的に固定化されたという事実だけでなく,意識の上でも領土や領邦のレベルを超えた何か「全体」を喪失しているということが認識されたのである.

(坂本1993:2)

ヘーゲルの時代にはドイツの諸邦はまだ統一されておらず,実際のドイツ統一が成し遂げられるのはもっと後のことであった.1870年の普仏戦争を経て,1871年ドイツ帝国の成立をゴールとするならば,ヘーゲルの時代はまだまだナショナリズム運動の黎明期に差し掛かった頃である.フィヒテの講演『ドイツ国民に告ぐ』(1807-8年)はその先駆けであり,さらに1815年に結成された学生の結社ブルシェンシャフトは自由主義ナショナリズムを主張したが,1819年にブルシェンシャフトの急進派であったカール・ザントが保守派のコッツェブーを殺害した事件により,カールスバード決議をもってブルシェンシャフトは徹底的に弾圧されることになる.こうした過激な事件のこともあるから,ヘーゲルとブルシェンシャフトとの関わりを描くことは微妙に難しいが,概ねヘーゲルはブルシェンシャフト運動には強い関心を持っていたとされる.

 とりわけ,なんの義務もないのに,かれは学生連盟の問題にたえず関わりをもっている.

……(中略)……

 学生連盟に対するヘーゲルの関心,「扇動家」訴訟問題における執拗なとりなし,あるいはまた「クーザン事件」への関与は,あらゆる種類の秘密の会合を想定させるであろう.

(ドント2001:432).

先の諸国家の統一の困難さについて語るヘーゲルにとって,それを目指すブルシェンシャフトは,ともすればその困難さを埋め合わせるほどの熱量を持った無視できない存在だったのではないかと思われる.

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