目次
ヘーゲル『法の哲学』(承前)
第一部 抽象法
第34節
即自的かつ対自的に自由な意志も,この意志がその抽象的概念においてある場合には,直接性〔無媒介性〕という規定性のうちにある.この直接性という規定からすれば,その即自的かつ対自的に自由な意志は実在性に対して否定的で,もっぱら抽象的に自分と関わるにすぎない意志の現実性であり,——一個の主体の,自分のうちにある個別的な意志である。意志の特殊性の契機からすれば,この意志はさらにもろもろの規定された目的からなる広汎な内容をもち,また同時に,排他的な個別性として,この内容を外的で直接に眼前に見出される世界として,みずからのまえにもっている.
(Hegel1820: 41,上妻ほか訳(上)129頁)
「即自的かつ対自的に自由な意志」については、すでに先行する「緒論 Einleitung 」で示されている.もし動物もまた「意志 Wille 」を持つというのなら,その〈動物的意志〉と区別される限りで,「即自的かつ対自的に自由な意志」は〈人間的意志〉と言い換えても過言では無いだろう.
第一部「抽象法 das abstracte Recht 」が「抽象的 abstracte 」と呼ばれる所以は,この「抽象法」の段階では「即自的かつ対自的に自由な意志」が「直接性という規定のうちにある」からである.この点に関しては前節(第33節)でも触れられている.
第33節
即自的かつ対自的に自由な意志の理念の展開の段階行程にしたがって,意志は,
A 直接的である.それゆえに,意志の概念は抽象的であり,つまり人格性である.そして意志の定在は直接的で外的な物件である.——これが,抽象的な法の圏域であり,あるいは形式的な法の圏域である.
(Hegel1820:,上妻ほか訳(上)121頁)
直接的でそれゆえ抽象的であるということは,個人のアイデンティティとは無縁であるということだ.つまりここでは,どのような身体的特徴を持っているかとか,どのような出自なのかといったこととは無関係に,「法権利 Recht 」を取り扱うというわけである.「実在性に対して否定的で,もっぱら抽象的に自分と関わるにすぎない意志の現実性」というのはこのことを言い表している.
第34節のダッシュ(——)以下の部分は,「即自的かつ対自的に自由な意志」が,実際には「一個の主体」(要するに「人間」のことなのだが)を離れては存在しないことが補足的に示されている.
(つづく)