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ヘーゲル『法の哲学』覚書:「対外主権性」篇(3)

目次

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ヘーゲル『法の哲学』(承前)

対外主権性(承前)

国家の外部性と否定的連関

  第323節

 定在においては,だから,国家が自己に対してもつこの否定的連関は,ある他者がある他者に対してもつ連関として現象し,そして否定的なものが外在的なものであるかのようにして現象する.この否定的連関の実存は,そのために,ある出来事の姿形,外部からやって来る偶然的な諸事件との錯綜という姿形をとる.しかし,その否定的連関は,国家固有の至高の契機——国家におけるあらゆる有限なものの観念性としての国家の現実的無限性——あらゆる個別と特殊に対して絶対的な,生命・所有およびその権利に対して絶対的な,同じくさらなる諸集団に対して絶対的な威力としての実体が,それらの空無性を定在と意識にもたらす側面である.

(Hegel1820: 331,上妻ほか訳336–337頁,訳は改めた)

国家は一つの国家だけで成立しているのではなく,つねに他の諸外国との関係において存在する.これは国家関係の外部性とでも言えば良いだろうか.そして他の諸外国の動向は,一国にとっては常に偶然的な出来事として対峙しなければならない.そして戦争では国家の存亡を賭けて国民は文字通り命懸けで戦わねばならぬ時がある.そのような極限状態では,普段は国家によって保護されているような個人や集団,「生命・所有およびその権利」は「無 Nichtigkeit 」に帰する.ここで「絶対的な威力」とは,要するに国民に対して「国家のために死ね」と要請できる権力のことである.このようにして国家の実体は「絶対的な威力」としては,個人や集団のような実存よりも,自立的な個としての国家という理念的なあり方を重要視する.そのため,個としての国家の存立が危機に瀕するような時には,個人や集団の実存は蔑ろにされてしまうのである.

 ここでは国家の否定的な側面が取り上げられているが,これに対して国家の肯定的な側面については次節で述べられている.

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