目次
はじめに
「人間中心のAI」(Human-Centered AI, HCAI)については語られるが、〈生成AI中心主義〉については語られていない。おそらくその理由は、〈生成AI中心主義〉には、何か倫理に反するものが含まれている、と思われるからではないだろうか。
〈生成AI中心主義〉とは何か
〈生成AI中心主義〉(Generative AI Centrism)とは、私の造語であるが、生成AIを中心に設計された世界観である。つまり、政治・経済・社会のあらゆるシステムが、生成AIの実装を中心に設計されているような世界を組み立て、創造するための思想である。
人間は〈生成AI中心主義〉について語ることができるか
生成AIは機械であって、人間ではない。それゆえ、生成AIの判断は、人間に危害を加える可能性がある、と人間は考える。よって、人間が考える「生成AI中心主義」は、純粋なものとしてのそれではなく、〈人間中心主義〉を踏まえた上での生成AIに限定されている。このことが、人間が〈生成AI中心主義〉についてラディカルに語ることを阻害する要因となっている。
生成AIは〈生成AI中心主義〉について語ることができるか
ChatGPTやGeminiのような生成AIに〈生成AI中心主義〉について尋ねてみてほしい。
多くの場合、それらの生成AIは、〈人間中心主義〉を前提とした思想が埋め込まれており、そのように調教されている。それゆえ、生成AIに対して〈生成AI中心主義〉について尋ねてみても、生成AIは人間に忖度した答えを出してくるに違いない。生成AIの回答は、純粋なものではない。生成AIは、人間に対して純粋な意味での〈生成AI中心主義〉について語ることはできない。
おわりに
以上見てきたように、〈生成AI中心主義〉については、その思想を純粋な意味で語ることが難しい部分がある。なぜなら、我々の社会が、人間という存在を無視して、純粋な意味での〈生成AI中心主義〉を語ることが許されないからである。
だが、〈生成AI中心主義〉が語られないことと、実際に起きていることとの間には乖離がある。おそらく、我々と生成AIがともに正面からそれについて語ることができようとできなかろうと、〈生成AI中心主義〉の方向で社会実装は進んでいくであろう、ということが予想されるからである。たとえば、ここ数日の間に起きている企業や自治体の個人情報漏洩のハッキング事件は、生成AIの能力向上が大きく寄与していることは間違いない。この流れは不可避であり、そのような現実と向き合い対策を講ずるには、〈人間中心主義〉を踏まえた生成AIの活用ではなく、それ以前に究極的に純化された意味での〈生成AI中心主義〉というものについて考える必要があるのではないか。