まだ先行研究で消耗してるの?

真面目に読むな。論理的に読むな。現実的なものは理性的であるだけでなく、実践的でもある。

宗教学史とは何か

「宗教学史とは何か」というテーマで、今から5分間だけ考えてみたい。

 ChatGPTに「宗教学史について教えて」と質問を投げかけると、宗教学史について簡単に教えてくれる。筆者は「宗教学」について体系的に学んだことがなかったので、ChatGPTの示唆は大いに役立った。

 ChatGPTはさらに、「宗教学史で扱うべき文献を教えて」と質問をすると、著者と著作名と概要を教えてくれる。ChatGPTの選書はアカデミックな水準から見ても的確だ。その確信は、島薗進『宗教学の名著30(ちくま新書)』(筑摩書房、2008年)という本で取り上げられている著者と概ね一致する部分が大きかったことによっても得られた。

 ChatGPTから得られた示唆を元にして、原著をGoogleのGemini Notebook(旧NotebookLM)で解説してもらうことができる。Notebookの機能で主に役立つのは「音声解説」と「レポート」機能である。Notebookを使って解説を作成するために、先にChatGPTでプロンプトを作成しておくと、より相応しい結果が得られる。例えば、ChatGPTに「〇〇について「宗教学史」の観点から解説するためのプロンプトを作成して」と投げかけると、宗教学史の文脈に位置付けるためのプロンプトを即座に作ってくれる。このプロンプトに基づいて、Notebookで「音声解説」や「レポート」機能を使うと、宗教学史のコンテクストの中に位置付けて著作の解説がなされる。非常に便利である。

 一方で、生成AIを使って宗教学史を整理することには、ある種の狭さを感じている。どういうことかというと、生成AIが示唆した宗教学史には数え上げられていない哲学者や思想家も、宗教学史の中に名を連ねても良さそうな人物がいる。個人的には、ヘーゲルの『宗教哲学講義』やシュトラウス『イエスの生涯』、フォイエルバッハ『キリスト教の本質』なども宗教学史の中に組み込んでも良さそうなのだが、ChatGPTの回答には含まれていなかった。そこに含まれていないということは、筆者の認識する「宗教学史」とChatGPTの考える「宗教学史」との間には、ある種のズレのようなものが存在する可能性がある。このズレの正体はよくわからない。

 宗教学史だけでなく、政治哲学史や他の学問分野においても、生成AIの考えるそれと筆者の考えるそれとの間には多かれ少なかれ違いがある。どちらが良いというわけではないが、生成AIの示唆は標準的なものであろう。

 しかしながら、そもそも何をもって「宗教学」とするのかを定義しなければ、本来は「宗教学史」を体系化することはできないはずである。だとすれば、まずやるべきことは「宗教」とは何か、「宗教学」とは何か、といったことを定義することである。

 一見すると「宗教」とは、その地域ごとに根差した生活文化そのものである。宗教には様々な宗派があり、キリスト教やイスラム教、仏教などと呼ばれている。各宗派ごとに教義も作法も異なっているが、「何かを信仰している」という点には変わりがない。

 マルクスが『ユダヤ人問題によせて』で指摘したように、実は貨幣経済もある種の宗教を形成しているのだが、多くの場合、それが「宗教」と呼ばれていないが故に「宗教」だと認識されないでいる。

 「宗教」が「人間の救済」を終極目的とする生活文化を形成しているとすれば、「宗教学」とはその構造を客観的に叙述し、明らかにすることを目指しているのではないか。