まだ先行研究で消耗してるの?

真面目に読むな。論理的に読むな。現実的なものは理性的であるだけでなく、実践的でもある。

2026-01-01から1年間の記事一覧

仕事とは旅である

目次 はじめに 旅とは何か 仕事とは何か 仕事と労働の違い おわりに はじめに 仕事とは旅である。 これは持論ではない。ただの仮説だ。 〈仕事とは旅である〉という表現において、この場合の「旅」は比喩である。したがって、〈そもそも「旅」とは何であるか…

仕事で圧倒的な成果をあげるにはどうしたらいいか

目次 はじめに 定義 評価 個人の能力 おわりに はじめに 仕事で圧倒的な成果をあげるにはどうしたらいいか。 このブログでは通常、こういう問いは取り上げてこなかった。仕事と研究の一線を画すためである。 定義 〈仕事で圧倒的な成果をあげるにはどうした…

親鸞『教行信証』覚書(1)

目次 はじめに 親鸞『教行信証』 顕浄土真実教行証文類序 文献 はじめに 先週、京都は東本願寺に行った。京都駅から近いので歩いて行った。 東本願寺では親鸞についての展示があった。 私は親鸞に詳しくない者だが、なんとなく興味を持った。 私はその展示を…

プラトン『ソクラテスの弁明』覚書(1)

目次 はじめに プラトン『ソクラテスの弁明』 文献 はじめに 以下ではプラトン『ソクラテスの弁明』(Πλάτων, ΑΠΟΛΟΓΙΑ ΣΩΚΡΑΤΟΥΣ)を読む。 筆者は今年の四月からKUNILABOで砂田先生の古典ギリシア語初級講座を受講してきた。授業を受講したからといって、…

〈哲学者〉とは何か

目次 はじめに 〈哲学者〉とは何か 〈家〉とは居住空間か おわりに はじめに 最近、私は自分を「哲学者である」と自己規定している。 私の自己規定は、私自身がどう生きたいか、というあり方の問題である。 だが、「私は哲学者である」と言った場合に、そも…

生成変化

sakiya1989.hatenablog.com 前回「自己規定」について書いた。 「自己規定」とは、私が私自身に対して「私とは何であるか」という規定を与えることである。これは、「私」という抽象的存在に具体性を持たせることだと言い換えてもいい。 この「自己規定」は…

自己規定

sakiya1989.hatenablog.com 前回は、意思決定する主体である「私」について述べた。 その際に、あらゆる他者から影響を受けることによって、純粋な「私」という存在はあり得ないことにも言及した。 実は、この「私」という存在は、「私」自身が規定すること…

目次 はじめに 「私」の概念 私の肉体と「私」 おわりに sakiya1989.hatenablog.com はじめに 前回の考察の結果、「私」とは何か、という問題が残った。 「私」とは、さしあたり、「意思決定」する主体である、と書いた。 だが、意思決定の障碍となり得るあ…

意思決定

目次 はじめに 「意思決定」とは何か 「意思決定」の困難 おわりに はじめに 自らの「意思決定」こそが自由の根幹であると見抜いたのは哲学者ヘーゲルであった。 だが、「意思決定」は決して純粋なものではあり得ない。なぜなら、多くの他者による影響を受け…

シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』

目次 はじめに シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』 文献 はじめに 以下ではシモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』(Simone Weil, La Pesanteur et la Grâce, Paris, 1947.)を読む。 私がシモーヌ・ヴェイユという哲学者に興味を持ったのは、「重力」というものが…

オカルティズムと哲学

哲学書や思想書は、現代のいわゆる「科学 science」とは一線を画している。なぜなら、哲学書や思想書の示す法則が、科学の法則のように証明することが原理的に不可能だからである。その意味では、哲学書や思想書はある種の「オカルティズム occultism」のう…

ヘーゲル『法の哲学』覚書:「抽象法」篇(3)

目次 ヘーゲル『法の哲学』(承前) 第一部 抽象法(承前) 人格性と人格 文献 sakiya1989.hatenablog.com ヘーゲル『法の哲学』(承前) 第一部 抽象法(承前) 人格性と人格 1 人格性は、総じて権利能力を含んでいる。人格性は、抽象的な権利の概念を、し…

ヘーゲル『法の哲学』覚書:「抽象法」篇(2)

目次 ヘーゲル『法の哲学』(承前) 第一部 抽象法(承前) 人格 文献 sakiya1989.hatenablog.com ヘーゲル『法の哲学』(承前) 第一部 抽象法(承前) 人格 この〔自分にとって〕対自的に自由な意志の普遍性は、形式的な普遍性であり、自己意識的でありな…

バタイユ『エロティシズム』覚書(4)

目次 バタイユ『エロティシズム』(承前) 序論(承前) サドの「逸脱した官能性」から「存在」を考える 文献 sakiya1989.hatenablog.com バタイユ『エロティシズム』(承前) 序論(承前) サドの「逸脱した官能性」から「存在」を考える J'ai parlé d'un s…

【時事】『日本経済新聞』2026年(令和8年)5月13日(水曜日)

目次 『日本経済新聞』 2026年(令和8年)5月13日(水曜日) 14面記事「インキ不足、変わる包装 カルビーのポテチは白黒に」 『日本経済新聞』 2026年(令和8年)5月13日(水曜日) 新聞というのは情報が多く、漫然と眺めていても内容が頭に入ってこないこと…

『平家物語』覚書(1)

目次 はじめに 『平家物語』巻第一 祇園精舎 祇園精舎の音と色 文献 はじめに 以下では『平家物語』について書きたい。 新版 平家物語(一) 全訳注 『平家物語』については、特にその冒頭が有名である。それは学校で習うから、という理由であるが、それ以上…

代理表象は恋愛の喪失を穴埋めできるか(『源氏物語』「宿木44」)

目次 はじめに 大君の代理表象としての浮舟 八の宮とシンクロする薫 おわりに 文献 sakiya1989.hatenablog.com はじめに 今日はKUNILABOの「『源氏物語』を読む」(講師:西原志保、KUNILABO人文学講座@Onleine)に参加した。この講座内では参加者同士の質問…

生成AIにおける疎外の問題

はじめに 生成AIのおかげでコンテンツを作ることは簡単になった。具体的に言うと、一つのコンテンツを作る時間が大幅に短縮された。その結果、大量のコンテンツを生成することが可能になった。 しかしながら、一つのコンテンツを作る時間が大幅に短縮された…

いわゆる「ラッソン版」ヘーゲル『世界史の哲学講義』について

目次 はじめに ラッソン版に存在する「モンゴル的原理」 ラッソン版『世界史の哲学講義』の邦訳は存在するか 文献 はじめに 先日私のYouTubeでヘーゲル『世界史の哲学講義』をリリースした。 この動画の底本にしたのは、ゲオルク・ラッソン(Georg Lasson)…

ルドルフ・オットー『聖なるもの』覚書(1)

目次 はじめに ルドルフ・オットー『聖なるもの』 第一章 非合理と合理 「用語」か「述語」か:久松訳の致命的な誤訳 文献 はじめに 以下では、ルドルフ・オットー(Rudolf Otto, 1869-1937)の主著『聖なるもの:神的なものの観念における非合理的なもの、…

ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』覚書(1)

目次 はじめに ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』 その「手記」は「当然」の存在か はじめに 実はこのブログで一度だけウンベルト・エーコを取り上げたことがある。それが2019年2月のことだから、もう7年前になる。 sakiya1989.hatenablog.com クーリエ・ジ…

ヘーゲル『精神現象学』覚書:「Ⅶ 宗教」篇(1)

目次 はじめに ヘーゲル『精神現象学』 Ⅶ 宗教 「宗教」章以前/以後における絶対的本質の違い 文献 はじめに 以下で取り扱うのはヘーゲル『精神現象学』の「Ⅶ 宗教」章である。 宗教に関しては、ヘーゲルはのちに『宗教哲学講義』を大学で行っている。青年…

井筒俊彦『意識と本質』覚書(1)

目次 はじめに 井筒俊彦『意識と本質——東洋哲学の共時的構造化のために』 意識と本質 I はじめに 以下では井筒俊彦『意識と本質——精神的東洋を索めて』(岩波書店、1991年)を取り上げる。井筒の著作を私が取り上げるのは初めてである。 今月1月4日より、私…

【時事】『日本経済新聞』2026年(令和8年)1月7日(水曜日)

目次 『日本経済新聞』 2026年(令和8年)1月7日(水曜日) 11面記事「ベネズエラ石油再建「1年半」」 『日本経済新聞』 2026年(令和8年)1月7日(水曜日) 最近はNotebookLMとYouTubeばかりに触れていて、正直自分の眼と頭を使って文章を読んで理解したり…