目次
はじめに
今回は「ロボットと労働」というテーマで書きたいと思います。
いきなりですが、「ロボット」と「労働」は、その語感が似ていないでしょうか。え、似ていない?それは失礼しました。
さて「ロボットと労働」について語るには、まずもって「ロボットとは何か」、また「労働とは何か」というところから始めなければならないと思うのですが、それも本格的にやろうとするとかなり骨が折れそうですので、今回はこれらのアウトラインだけでも示せればいいなと思います。
「ロボット」と「労働」
「ロボット」の語源となったのは、カレル・チャペック(1890-1938)の戯曲『R.U.R.』(1920年)です*1。
(Wikipedia:『R.U.R.』の一場面より)
カレルは「ロボット」という言葉が案出された経緯について次のように語っています。
この「ロボット」という語を考え出したのは戯曲『R・U・R』の著者〔引用者注:カレル・チャペック〕ではなく、著者はこの語を世の中に送り出したにすぎない。そのいきさつはこうである。とあるひょっとした瞬間にくだんの著者は芝居の素材を思いついた。そして、この考えがさめないうち、ちょうどその時、イーゼルの前で、刷毛の音がきこえるほどキャンバスに向かって筆をふるっていた兄の画家ヨゼフのところへかけて行った。
「ねえ、ヨゼフ」と、著者は語りかけた。「芝居のためのいい考えが思い浮かんだんだけど」
「どんな」と画家はモグモグといった(本当にモグモグとであった。なぜならこういった時、口に刷毛をくわえていたからである)。
著者はどういう筋か手短に話した。
「じゃあ書いたら」と、画家は刷毛を口からとりもせず、キャンバスに塗る手も休めずにいった。
「でもねえ、その人工の労働者をどう呼んだらいいのか分からないんだ」と、著者はいった。「もしラボルとでもいうと、どうも自分には本物らしくなく思えてね」
「じゃあロボットにしたら」と、画家は口に刷毛をくわえて、絵を描きながらいった。それが採用された。そういう経緯でロボットという語が生まれたのである。
(チャペック 1989:197〜198、強調引用者)
ここから「ロボット」という語を最初に案出したのがカレル・チャペックではなくその兄ヨゼフ・チャペック(1887-1945)であること、「ロボット」とは「人工の労働者」の謂いであったことが分かります。つまり、人間の労働を機械に代替させるべく作られたもの、これが「ロボット」なのです。
カレル・チャペックが「ラボル」という語には満足できず、兄の案出した「ロボット」を採用したということは、カレル自身にとって「ラボル」と「ロボット」との間に、何らかのニュアンスの違いが感じられたと見てよいでしょう。つまり、カレルは「ラボル」にはリアリティが感じられなかったが、「ロボット」にはリアリティを感じたのです。
では、「ラボル」と「ロボット」にはどのような意味があるのでしょうか。『R.U.R.』の翻訳者千葉栄一は訳者「あとがき」の中で次のように述べています。
「ロボット」は、「R・U・R」の著者カレル・チャペックがこの戯曲の中の人造人間を表現するために、兄のヨゼフからヒントを得て作った新語で、チェコ語には「賦役」を意味するrobotaという語があり、その語末のaをとったものである。チェコ語と同系のスラブ語であるロシア語にもработа(rabota)という語があって「労働」を意味する。またこのごはドイツ語のArbeit「労働」とも関係がある(ドイツ語のArbeitの語頭の二文字をひっくり返して見るとよく分かる)。しかし、スラブ語派とゲルマン語派にまたがるこの語の言語学的説明は容易ではない。
(チャペック 1989:206、強調引用者)
カレルが最初に案出した「ラボル」において観念されているのは、おそらく英語のlabor / labourと同じく、「労働(者)」だと思われます。これは語源的には「苦痛」や「困難」を意味します*2。これに対して「ロボット」の語源であるrobotaもまた「労働」という意味を含んでいますが、もっというと「賦役、強制労働、奴隷状態」という意味合いを持っています*3。
歴史を俯瞰してみると、古典古代の時代には、「労働」とは家(オイコス)の中で奴隷が担うべきものとされ、奴隷に労働を委託することを基盤として、これによって家長(父親)は政治社会(ポリス)の中で人間の本性を発揮する事ができるとされてきました。『R.U.R.』はその後はるかに近代的に工業化した時代に書かれたものですが、このようにかつて奴隷が担っていた労働を機械に代替させ、人間は労働から自由になりたいという発想こそが、「ロボット」の背後にある根源的な思想とみることもできるでしょう。
「ロボット」という語は「ロボータ」と「ロボトニーク」のかばん語として造語されたという言説について
なお西山禎泰先生は「ロボット」の語源を「ロボータ」と「ロボトニーク」のかばん語としています。
ロボットの語源はチェコ語で「強制労働」を意味するロボータとスロバキヤ語で、「
労働 」を意味するロボトニークとされており、掛け合わせて作られた造語である。また、チャペックはロボットの着想にはゴーレム伝説が影響していると語っている。(西山 2011:151)
ここでは「ロボトニーク」とは「「
しかし、私が今回調べた限りでは、「ロボット」という語が「ロボータ」と「ロボトニーク」のかばん語として造語されたとする言説については、残念ながら明確な典拠を確認することができませんでした。つまりそれは、まことしやかに語られてはいるものの、実はあくまで極めて蓋然性の高い
少なくとも言えることは、「人工の労働者」の呼称として「ロボット」という語を案出したのはカレルの兄ヨゼフである、ということです。「なぜ「ロボット」という語を思いついたのか」ということは、その発案者であるヨゼフ自身に訊ねるほかありません(もちろん「死人に口無し」なのですが)。そして「ロボット」という語から推測される語源として最有力なものが、千葉氏の述べる、「チェコ語には「賦役」を意味するrobotaという語があり、その語末のaをとったものである」という説なのです。「ロボトニーク」という語もまた、この語が「ロボータ」の語源と同根である限り、「ロボット」の語源として無関係とはいえません。とはいえ、「ロボット」という語が「ロボータ」と「ロボトニーク」のかばん語だという——しばしば日本語文献において登場するステレオタイプな——言説は、果たして正確な
おわりに
金森修先生は遺作『人形論』の中で、この戯曲『R.U.R.』の大筋を次のように整理しています。
その作家、チャペックは戯曲『ロボット』(一九二〇)によって、重要で斬新な自動人形の図柄を提案した。ロボットとは、働く能力はあるが考えることのできない存在、労働機能性には優れるが〈魂〉をもたない存在だ。この劇自体の大枠は、単純労働を機能的かつ効率的に行うことのできるロボットが大量に生産され、工場で自在に活動する時期を経て、しばらくした或る時、ただ閑暇に任せておしゃべりばかりしている人間たちを追放し、自分たちの天下にしようと、激しく大規模な反乱を起こすというテーマで構成される。それは或る意味で〈資本家vs労働者〉というマルクス主義的な構図を〈人間vs人造人間〉という構図にずらしてみせた一種の革命譚に過ぎない。ちょうどオーウェルの『動物農場』(一九四五)が、同型の構図を〈人間vs動物〉で実験してみせたように。
(金森 2018:86〜87)
カレル・チャペックの戯曲『R.U.R.』が我々にとって極めてリアリティを持って演じられるのは、この戯曲ではまさに人間の労働者による反乱のアナロジーでもって、「人工の労働者」による反乱が描かれているからに他ならないと言えるでしょう。
ところで、歴史的に振り返ると、ロボットと似たような機械を意味する言葉には、オートマタやアンドロイド・ガイノイド、ヒューマノイド、サイボーグなどがあります。これらの語の考察は別の機会に譲りたいと思います*6。
文献
- Faust, Russell A. (ed.) 2006, Robotics in Surgery: History, Current and Future Applications, Nova Science Publishers Inc. (New York).
- アレント, ハンナ 1994『人間の条件』志水速雄訳, 筑摩書房(ちくま学芸文庫).
- チャペック, カレル 1989『ロボット(R.U.R.)』千葉栄一訳, 岩波書店(岩波文庫).
- 金森修 2018『人形論』平凡社.
- 九州共立大学工学会 2003「ROBOT」『COM』No.X9.
- 西山禎泰 2011「日本におけるロボットの変遷と表現との関係」名古屋造形大学紀要 17, p.151-166.
*1:Karel Čapek, R.U.R. (Rossumovi Univerzální Roboti), 1920.
*2:「たとえばギリシア語はponeinとergazesthaiを区別し、ラテン語はlaborareとfacereあるいはfabricari——この二つは同じ語源を持つ——を区別する。フランス語ではtravaillerとouvrer、ドイツ語ではarbeitenとwerkenが区別されている。これらのすべての事例において、ただ「労働」に相当する語だけが苦痛とか困難という明白な意味をもっている。ドイツ語のArbeitは、もともと農奴によって行なわれた農業労働だけを指し、Werkといわれた職人の仕事には適用されなかった。フランス語のtravaillerは、それ以前のlabourerに取って代わったものであるが、一種の拷問であるtripaliumからきている」(アレント 1994:198)。
*3:ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』(小学館、1988〜1994年)には「レイバー」というロボットが登場するが、作者はおそらく「ロボット」の語源としての「
*4:"The term "robot" is derived from the Czechoslovakian word "robata", which is defined as forced labor or servitude." in Faust 2006, p.3.
*5:Wikipediaの「ロボット」の項の注で「ロボトニーク」を「ロボット」の語源とする典拠として参照されているのは次の文献である。「ロボットの語源は、チェコスロバキアの劇作家カレル・チャペックが1920年に書いた劇曲「ロッサム万能ロボット製造会社RUR」の中で、チェコ語で労働や苦役を意味する「ロボータ」とスロバキア語の「ロボトニーク」から人造人間を指すロボットを造語し、登場させたことに由来します」(九州共立大学工学会 2003:3)。しかしながら、この文献もまた「ロボトニーク」をロボットの語源とする典拠を示していない。
*6:ここで一点だけ触れておくならば、「ロボット」が「労働(者)」という観念を含む呼称であるのに対して、「オートマタ」や「サイボーグ」などの他の語はそうではないのではないかという仮説を筆者は持っている。