目次
『共産党宣言』初版(23ページ本)(承前)
第一章 ブルジョアとプロレタリア
階級闘争史としての社会史
今日までのあらゆる社会の歴史は,階級闘争の歴史である.
自由民と奴隷*2,都市貴族と平民*3,領主と農奴,ギルドの親方と職人,要するに圧制者と被圧制者はつねにたがいに対立して,ときには暗々のうちに,ときには公然と,不断の闘争をおこなってきた.この闘争はいつも,全社会の革命的改造をもって終わるか,そうでないときには相闘う階級の共倒れをもって終わった.
(Marx et al. 1848: 3,大内・向坂訳40〜41頁)
タイトルにある通り,本章では「ブルジョアとプロレタリア」について語られ,その冒頭では「ブルジョア階級とプロレタリア階級に,だんだんとわかれていく」(Marx et al. 1848: 3,大内・向坂訳42頁)歴史過程が端的に述べられている.
最初の一文を読むと次のような疑問が出てくる.すなわち「今日までのあらゆる社会の歴史 Die Geschichite aller bishorigen Gesellschaft」というが,「階級闘争の歴史」によって「あらゆる社会の歴史」を語ることははたして可能なのか?この点を考慮してか,エンゲルスはのちに1888年英語版への注で次のように述べている.
すなわち,あらゆる書かれた歴史である.1847年には,社会の前史,すなわち記録された歴史に先行する社会組織は,全然といっていいほど知られていなかった.
(Marx et al. 1908: 8,大内・向坂訳40頁)
ここでエンゲルスは,『宣言』の「今日までのあらゆる社会の歴史」を「あらゆる書かれた歴史 all written history」のうちに限定している.今日の我々が「歴史」として認識することができることができるのは,それが文書等の形式で記録され・理解される限りにおいてである.しかしながら,(パロールではなくエクリチュールとしての)文字が発明される以前にも何らかの「社会 Gesellschaft」が存在したであろうことは想像に難くない.〈記録がないから存在しない〉というのは政治家の安直な発想である*4.
ツンフト内部闘争
"Zunftbürger und Gesell"という箇所は文字通りに訳すなら「ツンフト市民と職人」である.この箇所が「ギルドの親方と職人」と訳されているのは何故であろうか.邦訳はどちらかといえば英語版の"guildmaster and journeyman"(Marx et al. 1908: 8)に依拠しており,1888年英語版でエンゲルスは"guildmaster"に次のような注をつけている.
Guildmasterとは,ギルドの正会員,すなわちギルドに属する親方のことであって,ギルドの長のことではない.
(Marx et al. 1908: 8,大内・向坂訳41頁)
「ツンフト Zunft」とは,ここではヨーロッパ中世都市における手工業者団体を指していると考えられる.この場合,ツンフトの親方(Mesiter)は「独立の手工業者であり,ツンフトの成員であり,従って市民権を有するもので」(森村1990: 35)あった.つまり「ツンフト市民 Zunftbürger」とは,市民権を有する親方のあり方を指しているのである.他方,職人(Gesell)は親方に至る過程の階級であり,遍歴の旅が課されていた.
たいていのツンフトは遍歴職人制が採用されており,職人は数年間(3年ないし5年)旅稼ぎに出て,困難に堪えて,自分の技能をためしつつ経験を豊富にして,また技能をいっそう錬磨する必要があった.そしてこの旅行が終ると自分の手工業の部門で得意とするもの,いわゆる親方製作Meisterstückを作りそれが親方の認定を得,また修業期間中の素行善良なる場合,初めて親方となることが許された.かくして,かれらはツンフトの完全なる成員,すなわち一家を構える独立の手工業者となり得たのであり,従ってまた都市の公民として政権に参与することを得たのである.
(森村1990: 36)
『宣言』ではこうしたツンフトの親方(Meister)と職人(Gesell)の関係が階級闘争の一つとして捉えられている.そして実際にその闘争はあったようである.
15,6世紀ごろになると,ツンフトは外部の競争,とくに商業資本の圧迫を受けることがひどくなるにつれ,ツンフトは自己防衛に追われ,せまい門戸閉鎖を行って,独占的排他的傾向を強め,いろいろな人為的規制を定めて,新組合員の加入を困難にするようになった.かくして,親方権は世襲閥になり,ツンフトは技術の発展を助長する前向きの機関ではなくなり,親方の地位を守り,その職業を独占する特権的機関に変質した.かくして,従来の親方・職人・徒弟のあいだの温情的協調関係はゆるみだし,そのあいだに利害の背反が生じた.こうしてツンフト内部に対立関係をみることになり,ついにはそれが闘争にまで発展して行ったのである.
(森村1990: 37)
文献
- Marx et al., 1848, Manifest der Kommunistischen Partei, London. (Bayerische Staatsbibliothek, 2014)
- Marx et al., 1908, Manifesto of the Communist Party, New York.(University of California, 2016)
- マルクスほか 2007『共産党宣言』改版,大内兵衛・向坂逸郎訳,岩波書店.
- 瀬畑源 2019『国家と記録 政府はなぜ公文書を隠すのか?』集英社.
- 平子友長 2007「西洋における市民社会の二つの起源」『一橋社会科学』創刊号.
- 森村勝 1990「中世ヨーロッパの遍歴職人制度と職人組合の問題」『明星大学社会学研究紀要』第10号.
*1:「ブルジョア Bourgeois」は,フランス語のbourgeoisに由来しており,フランス語の発音は「ブルジョア」と聞こえないこともないが,英語やドイツ語の発音は「ブルジョワ」と「ワ」がはっきり聞こえる(bourgeois - Wiktionary).
*2:アリストテレスに依拠するならば,ポリスの領域において政治的活動を行うのが自由民であり,自由民である家長の政治的活動を可能にしたのは,オイコスという領域において奴隷が家政に関わる必要労働を代替していたからである(平子2007: 28).
*3:ここで「都市貴族と平民 Patrizier und Plebejer」は,歴史貫通的な概念としての「貴族と平民」ではなくて,古代ローマという特定の時代区分における社会階級である「パトリキとプレブス」のことを指している.