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ポスト・ヒューマン/サスティナブル・ウォー/シンクポル/自由は屈従——『攻殻機動隊 SAC_2045』(シーズン1)覚書

目次

 Netflixで『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン1(第1〜12話)を観たので、感想を書いておきたい。

www.ghostintheshell-sac2045.jp

「ポスト・ヒューマン」とシンギュラリティ

 この作品は、公安9課の敵として登場する「ポスト・ヒューマン」に表現されているように、おそらくレイ・カーツワイルのいうシンギュラリティ(技術的特異点、あるいは超知性の誕生)以後の世界(2045年にやってくると言われている)を考察したストーリーである。

f:id:sakiya1989:20200426040759j:plain(『攻殻機動隊 SAC_2045』「ep 06. DISCLOSURE / 量子化された福音」より。捕獲された「ポスト・ヒューマン」。作中では、紙飛行機を手元に戻ってくるように正確に飛ばすことで、その超人的な計算能力の高さが表現されていた。)

神山監督はインタビュー内で「シンギュラリティ」について次のように述べている。

神山:タイトルを2045年にした理由のひとつに“シンギュラリティ”があります。

企画がスタートしたときにこの言葉があちこちで取り上げられていて、「2045年ならAIが人間を追い越している」「人間が想像していなかった世界が来るんじゃないか」と言われていたんです。

攻殻機動隊』的には避けて通れないネタだったので、その辺りの時代を想定して描くことにしました。

animeanime.jp

「サスティナブル・ウォー」と資産価値

 他方で、本作が「サスティナブル・ウォー」や「世界同時デフォルト」後の世界として描いているところは、このストーリーのオチが経済問題に還元される側面を持っているように予想されるし、「ep 07. PIE IN THE SKY / はじめての銀行強盗」*1で円ドルの為替レートによる高齢者の保有資産の価値下落や仮想通貨が触れられるのもおそらくそうであろう。神山監督は「サスティナブル・ウォー」という言葉について次のように説明している。

神山:(略)…でも、経済こそが戦争の一番の原動力になっているという発想が根本にある。そこから「サスティナブル」と「ウォー」という、本来はくっつかない2つの言葉をくっつけた。つまり「持続可能な戦争」ということです。

www.cinra.net

SDGs、即ち「持続可能な開発目標 Sustainable Development Goals 」(2015年9月、国連総会)の重要性が叫ばれるようになって久しいが、本作品内で「持続可能な sustinable 」ものは経済のためにコントロールされた戦争であり、これによって利益を得ているものがいるという設定である。

「シンクポル」とネットリンチ

 作中にのっぺらぼうの個人が登場する。これは、匿名の(anonymous)ユーザーの表現として分かりやすい。「いいね/わるいね」の数を判断基準としたSNS的な指標をそのモチーフとしているであろう「シンクポル」は、Twitterで日々繰り広げられているようなネットリンチを彷彿させる。特定のアカウントに対する匿名ユーザーたちによる罵詈雑言のオンパレード。「シンクポル」はSNSにおけるこのような社会現象を作品の表現に取り込んだものと考えられる。

 「シンクポル」は、作中にも登場するジョージ・オーウェルの『1984』に登場する《思想警察 Thought Police 》の《ニュースピーク Newspeak 》として用いられている《シンクポル thinkpol 》に由来する(以下、『攻殻機動隊 SAC_2045』の概念と混同しないように、オーウェルの概念は二重山括弧《》で表現する。)。

 《ニュースピーク》とは、『1984』の中では英語(旧語法)とは異なる表記として考案された新語法であり、旧語法から語彙を減らすことによって人間の思考能力を奪い、ビッグブラザーの権力に対して従順にすることを目的として施行されている。だから《シンクポル thinkpol 》という《ニュースピーク》は、Thoughtという旧語法の過去形を用いずに通常のthinkにして、Policeからpolへと短縮し、さらに両者を一つの略語として名詞化することによって、言葉のもつきめ細やかなニュアンスを廃棄したものであり、こうして《思想警察 Thought Police 》即ち「党やイングソックに反する思想(家)を取り締まる警察」という意味の伝統から断ち切り、徐々に人々から意味へのアクセスを妨げるのである。

 ところが、『攻殻機動隊 SAC_2045』では「シンクポル」は匿名ユーザーたちの「いいね/わるいね」によってターゲットに民主的な判決を下すプログラムの名前である。換言すれば、「シンクポル」は匿名ユーザーたちが理性的に思考するのではなくむしろ感性的に判断し判決を下すための「ヴァーチャル警察」の謂いと化している。判断基準がこのように理性ではなく感性へと後退したことによって、「シンク-ポル」というその名の意味に反して、匿名ユーザーたちは何も考えていないのである。

「自由は屈従」と対米従属

 オーウェル1984』から引用されるのは「シンクポル」だけではない。『攻殻機動隊 SAC_2045』で繰り返し取り上げられているのが、次のスローガンである。

WAR IS PEACE(戦争は平和である)

FREEDOM IS SLAVERY(自由は屈従である)

IGNORANCE IS STRENGTH.(無知は力である)

ジョージ・オーウェル1984』より) 

これはオーウェル1984』では、《真理省 Ministry of Truth 》(《ニュースピーク》では《ミニトゥルー Minitrue 》)の白い壁面に描かれた三つのスローガンである。これらのスローガンは、「戦争」と「平和」、「自由」と「屈従」、「無知」と「力」という相反する概念が等置されていることによって、矛盾しているがしかしそれによって何か深遠さを物語っているようにも映る。『1984』の作中では、党によって人々がこれらのスローガンの意味を理解できなくなるところまで《ニュースピーク》を推進することが目指されていた。『攻殻機動隊 SAC_2045』の後半(シーズン2)では、これらのスローガンははたしてどのような意義を担うのだろうか。

 ひとつだけ「自由は屈従である」というスローガンに関していえば、作中で対米従属の側面がクローズアップされている点が気になる。元米国の役人が日本の総理大臣になったという設定。米国から送り込まれたジョン・スミスが総理官邸で盗聴していたとしても日本としては何も出来ない。米国への屈従感が半端ないのだ。

おわりに

 かつてサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』が『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』で取り上げられていたように、作中で重要な本が示されるという手法は今回が初めてではない。『攻殻機動隊 SAC_2045』のタイトルに年号が含まれているのは、おそらくこの作品が『1984』へのオマージュであり、これをライトモチーフとしているからであろう。

クーテイ:その本(オーウェル1984』)を読めば分かる。そこにはこれから世界中で起きることがすべて書いてあるからな。

(『攻殻機動隊 SAC_2045』「ep 12. NOSTALGIA / すべてがNになる。」*2

 人類を超えた存在である「ポスト・ヒューマン」であれ、経済のためにコントロールされた「サスティナブル・ウォー」であれ、ポスト民主主義的な「シンクポル」であれ、ますます自由の成立が人類にとって難しくなってきそうな気配さえある。「シンギュラリティ以後の時代に人類の自由はいかにして成立するのか」という観点から、本作シーズン2のリリースを楽しみにしたいと思う。

*1:はんぺん「攻殻機動隊 SAC_2045 7話『はじめての銀行強盗』の解説」によれば、元ネタは映画『ジーサンズ はじめての強盗』("Going in Style", 2017 film)だという。

*2:このタイトル「すべてがNになる。」の由来は、森博嗣『すべてがFになる』(講談社)のタイトルを捩ったものと思われる。