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ルソー『言語起源論』覚書(4)

目次

(以下の続きである)

sakiya1989.hatenablog.com

 

第十章 北方の諸言語の形成——不快で力強い声

 ルソーによれば、南方(温暖)と北方(寒冷)との風土の違いによって、欲求が情念から生まれるのか、それとも情念が欲求から生まれるのかという因果関係が変わってくる。

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しまいには人間はみな同じようになるが、彼らの進歩の順序は異なる。自然が気前がいい南方の風土では欲求は情念から生まれるが、自然が吝嗇けちな北方の国々では情念は欲求から生まれ、必要の陰気な娘たちである諸言語には、その激しい起源が感じ取れる。

(Rousseau 1781:403、増田訳83頁、強調引用者)

すでに第二章で見たように、欲求とは「飢えや渇き」など生きるために必要なものであり、情念とは「愛、憎しみ、憐憫の情、怒り」(訳24頁)などの感情のことであった。欲求は人々を遠ざけるが、情念は人々を近づけるとされた*1

 ここでルソーの結論は至ってシンプルである。北方の国々の人々は、その風土が「悪天候、寒さ、身体の不調、さらに飢え」(訳83頁)をもたらす厳しい環境のもとで育ったため、彼らの声が「より不快でより力強い」(訳83頁)とルソーはいう。 

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しかし不毛な土地で住民が多くを消費する北方では、多くの欲求に服従している人間は怒らせるのがたやすい。彼らの周りでなされることはすべて彼らを不安にする。彼らは苦労しなければ暮らせないので、貧しければ貧しいほどもっているわずかなものに執着する。彼らに近づくことは彼らの生命を侵害することだ。彼らを傷つけるあらゆるものに対して激怒にとても変わりやすいあの怒りっぽい気質はそこから来ている。そのように彼らの最も自然な声は怒りと脅しの声であり、その声には常に力強い分節がともない、その声は固くて騒々しいものとなっている。

(Rousseau 1781:404-405、増田訳85頁、強調引用者)

ここで「彼らの最も自然な声」というのは、その声の特徴がその地域固有の風土によって形成されたという意味での「自然」である。寒い地域では、彼らは常に生命の危機と対峙している。ゆえに身体的に強くなければ生き残っていけないということが、「自然な声」の力強さにも影響を与えている。

 

第十一章 この差異についての考察——オリエントの言語の「抑揚」

 ルソーによれば、近代の言語は南方の言語と北方の言語の混合物であるという。

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南方の言語は生き生きとしてよく響き、抑揚に富み、雄弁で、しばしば力強さのあまり難解だったに違いない。北方の言語は音がこもっていて固くて分節が多く、耳障りで単調で、優れた構文よりも語彙のおかげで明晰だったに違いない。近代の言語は何度も混ざり練り直されその差異の一部をまだ保っている。

(Rousseau 1781:405、増田訳87頁、強調引用者)

南方の言語と北方の言語の特徴はある意味反対だ。南方の言語は「難解」だが、北方の言語は「明晰」だというのだから。言語のこうした違いは、その音が「抑揚に富」んでいるのかそれとも「単調」なのかという音楽性の違いにある。

 フランス語、英語、ドイツ語のような「近代の言語」は南方の言語と北方の言語の混合物であるが、オリエントの言語は「南方の言語」の特徴がより顕著だということを頭に入れて、次の箇所を読まれたい。

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フランス語、英語、ドイツ語は互いに協力し合い互いに冷静に議論し合う人たち、あるいは怒っている激情家の私的な言語である。しかし神聖な秘儀を知らせる神々の使いや国民に法を授ける賢者たち、民衆を駆り立てる指導者たちはアラビア語ペルシャ語を話さなければならない。われわれの言語は話すよりも書く方が引き立ち、聞くときよりも読むときの方が快い。逆にオリエントの諸言語は書いてしまうとその生命や熱を失ってしまう。意味は半分しか語に込められておらず、その力はすべて抑揚にある。オリエント人たちの精髄をその本から判断しようとするのは、死骸をもとにしてある人の絵を描こうとすることだ。

(Rousseau 1781:405-406、増田訳87〜88頁、強調引用者)

フランス語、英語、ドイツ語といったこれらの西欧の言語においては、パロールに対するエクリチュールの優位という特徴が見られる。これに対してオリエントの言語は完全にパロール中心の言語である。

 ちなみにルソーは「オリエント」という言葉で具体的にどの地域を念頭に置いているのだろうか。次のパラグラフで『コーラン』が取り上げられていることからすると、イスラーム圏が念頭に置かれていると言えるだろう。

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アラビア語を少し読めるからと言って『コーラン』に目を通して微笑を浮かべる人がいても、マホメットがみずから、その雄弁で律動的なこの言語で、心よりも先に耳を魅惑する響きのいい声で、しかも常に熱狂の抑揚で教えに魂を込めながら預言するのを聞いたならば、次のように叫んで大地にひれ伏しただろう。「神に遣わされた偉大な預言者よ、栄光や殉教に導いてください。私たちは勝利するか、さもなければあなたのために死にたいのです。」狂信は常にわれわれにとって滑稽に見えるが、それはわれわれの間では、人に理解してもらうための声をもっていないからである。

(Rousseau 1781:406、増田訳88頁)

先のパラグラフでルソーは「オリエントの諸言語は書いてしまうとその生命や熱を失ってしまう」と述べていたが、その意味を理解するにはおそらく『コーラン』読誦を聴くのが最も手っ取り早いだろう。

私もこの度YouTubeコーラン読誦を拝聴し、そのあまりの荘厳さに驚いた。確かにルソーのいう通り、ムスリムの指導者の発する声の「抑揚」を無視して、日本語訳された『コーラン』のテクストをいくら研究しても、真の意味で彼らにとっての『コーラン』がいかに音楽的要素によって支配されているのかを理解できるようにはならないだろう*2

 

第十二章 音楽の起源——言語・詩・音楽

 この章で言語と音楽の起源が同一であったというルソー『言語起源論』の有名なテーゼが説かれる。注意しなければならないのが、その際の言語とはパロールとしての言語であるということである。

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そのように詩句、歌、音声言語は共通の起源をもっている。上述の泉の周りでは、最初の弁舌は最初の歌となった。リズムの周期的で律動的な回帰、抑揚の旋律豊かな変化は、言語とともに詩と音楽を誕生させた、というよりその幸福な時代と幸福な風土ではそれらすべてが言語そのものだった。他人の協力を必要としていた差し迫った欲求は、心が生み出したものだけだったのだ。

(Rousseau 1781:407、増田訳90頁、強調引用者)

さらにここで「共通の起源」として並列されているのが、「詩句、歌、音声言語」あるいは「言語、詩、音楽」という三つであることにも注意が必要であろう。つまり、〈言語〉と〈音楽〉の二つについてはこれらが同一の起源であることがこれまでの研究で認識されていたが、〈詩〉もまたこれらと同等の地位を占める重要なカテゴリーであるということである。次の箇所でも〈詩〉が〈音楽〉と同等に注目されている。

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最初の歴史、最初の演説、最初の法は韻文であった。詩は散文より先に発見された。それは当然だった、情念は理性よりも先に語ったのだから。音楽についても同様だった。最初は旋律以外に音楽はなく、音声言語の多彩な音以外に旋律はなく、抑揚は歌を形作り、音長は拍子を形作り、人は分節や声〔母音〕によってと同じくらい、音とリズムによって話していた。昔は語ることと歌うことは同じことだったとストラボンは言っている。そのことは、詩が雄弁の源であることを示している、と彼はつけ加えている。詩と雄弁は同じ源をもち、最初は同じものだった、と言うべきだった。

(Rousseau 1781:407-408、増田訳91頁、強調引用者)

ここでルソーはストラボンの言説に批判を加えている。すなわちストラボンは「詩が雄弁の源である」つまり詩が先にあってそこから雄弁が発生したと述べた(詩→雄弁)が、しかしそうではなく「詩と雄弁は同じ源をもち、最初は同じものだった」、つまりどちらかが他方の原因ではなく両者は起源において同一であり(詩=雄弁)、しかもこれらの原因こそが「旋律」であったとルソーはいうのである。

(以下につづく)

sakiya1989.hatenablog.com

文献

*1:拙稿「ルソー『言語起源論』覚書(1)」。

*2:そもそも『コーラン』とは「朗読されるもの」という意味を持っている。「周知のようにコーランの言語は「読まれるべきもの」である。この場合の「読む」とは書物を読むという現在一般に用いられている意味ではなく、往時どこの国でも口承的時代に於て一般であった「朗読する」という意味なのである。「読む」の義が「黙読」として一般化するのは口承的時代から書承時代に移って、書物がごく普通に個人の私有に帰するようになってからのことである。この当然の「読む」という概念もここでは大きな比重を占めていることに注意を喚起しておきたい。したがってコーランは「朗読されるもの」という謂であって、言わば「声の本」ということになろう。」(堀内 1971、190頁)。