まだ先行研究で消耗してるの?

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「喫茶店と資本主義の精神——喫茶店で仕事が捗るのは何故なのか——」へのコメントとそのリプライ

はじめに

 昨日リリースした「喫茶店と資本主義の精神ーー喫茶店で仕事が捗るのは何故なのか」には多くのアクセスがありました。

はてなブログアクセス解析によると、僕のブログの普段のアクセス数は一日20〜40程度なのですが、昨日一日のアクセス数は1343であり、今日もすでにアクセス数が300を上回っています。Googleアナリティクスによると、昨日のユーザー数は1069で、前月比3139.39%という異常な伸びを示しました。このような異常値は、Twitterでも書いた通り、最初に千葉雅也先生にRTされたことにより、多くの方々にアクセスしていただけたからだと思っています。

 今回は「喫茶店と資本主義の精神——喫茶店で仕事が捗るのは何故なのか——」に頂いたコメントを紹介し、それにリプライしたいと思います。

 

「もっとめちゃめちゃ色々引用引っ張ってきて根源的な理由を指摘してくるかと思って開いたのにシンプルなことがひたすら理路整然と書いてあって肩透かしを食らった」(なかぬす)

 まず僕が面白いなと思ったコメントは、なかぬす(@ryoh60814)さんの一連のコメントです。なかぬすさんは「喫茶店と資本主義の精神——喫茶店で仕事が捗るのは何故なのか——」を読んだ多くの人々が言語化せずに読んで思ったことを次のように言葉にしてくれています。

僕が特に面白いと思った部分が「もっとめちゃめちゃ色々引用引っ張ってきて根源的な理由を指摘してくるかと思って開いたのにシンプルなことがひたすら理路整然と書いてあって肩透かしを食らった」というなかぬすさんの次のコメントです。

 普段ブログを書くときは、引用とか参考文献を示すことが多いのです。やろうと思えば、そのタイトルがヴェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を捩ったものであることは容易に分かりますし、「集中力の強化」という概念の元ネタはマルクス資本論』にありますので、それらを脚注に載せても良いかもしれません。が、今回は本を開かずに一気呵成に書き上げたということもあり、最初は脚注を付けずにブログ記事をリリースしました(その後、2019年12月19日に脚注を追記しました)。

 今回は、脚注のようなエビデンス情報を重視するよりも、むしろブログ記事のリリースまでのスピード感を優先しました。「喫茶店と資本主義の精神——喫茶店で仕事が捗るのは何故なのか——」を書くきっかけとなったのは、すでに申し上げている通り、千葉雅也先生による次のツイートでした。

このツイートがなされたのが「午後0:18 · 2019年12月18日」です。そして千葉先生のこのツイートに触発されて、その理由を箇条書きにしてツイートし、最終的にブログとして書き上げて、Twitter上でリンクを貼ってリリースしたのが「午後2:48 · 2019年12月18日」です。つまり、アイデアの大元となった千葉先生のツイートからわずか2時間半の間に、この原稿を書き上げて公開したことになります。僕としては、千葉先生のツイートが冷めきらないうちに、自分の中にあるものをある程度まとめて、世に送り出したかった。

 たった2時間半のうちに多くの人々が読んで耐えうるものに原稿を仕上げるというのは、どんなに内容が薄っぺらいものだとしても、その原稿が一つのまとまりとして書き上げられたこと自体が奇跡のようなものです。普通はテーマが与えられてもアイデアが浮かばず、グタグダ過ごしながら締め切りを迎え、そして締め切りすらも過ぎていく、なんてこともよくあるわけです。その奇跡を実現できたのは、まさにこの原稿を喫茶店で書いたからです。この原稿がわずか2時間半のうちに完成したというプロセスそのものが、実は「喫茶店で仕事が捗る」ことの証左にもなっているわけです。

 

「他者に見られる/他者が見える場所」(松田太希)

 次に、何人かの人に、僕が書いたものには「他者の視点」が欠けているとのコメントをいただきました。

 例えば、松田太希(@SchreibeinBlut)さんは、喫茶店で仕事が捗る理由として「他者に見られる/他者が見える場所」という要素を挙げています。

 僕自身は、あまり他者の視点を気にしないからこそ、喫茶店で集中できるという認識を持っていたのですが、思いの外、「他者に見られる」ことの重要性を何人かの(リアル友達も含めて)方々からコメントを頂きました。

 amamori(@rainywoods2001)さんも、他者の存在を意識していることが重要なのだと指摘しております。

amamoriさんのいう「知り合いではない他人と同席する軽い緊張感、同じ作業をしているわけではないが軽い連帯感、互いのパフォーマスをさりげなく見せ合っている高揚感」という視点は面白いですね。これは全く僕が書いていない要素です。

 喫茶店では、漫画喫茶とは異なり空間が仕切られておらず、オープンになっているということにより、他者の存在を意識せずにはいられません。これがもし漫画喫茶であれば、個室ですから、他者の存在を気にせずに仕事ではなく漫画を読むことやゲームすることが捗るようになってしまうかもしれない。

 もちろん喫茶店にいるときに自分が他者を注視したり、あるいは自分が他者に注視されているわけではないと思うのですが、実はそうであるかのような意識を抱いている。松田さんのいう通り、このように「他者に見られる環境/他者が見える環境」であることも、喫茶店で仕事が捗るための重要な要素の一つなのかもしれません。

 ちなみに、先日のビジネス・インサイダーの記事では、オープンオフィスが生産性に及ぼす弊害が、時折コーヒーショップと対比しながら、述べられていました。

www.businessinsider.jp

この記事の中では次のように述べられています。

コーヒーショップは生産性アップの助けになるのに、なぜオープンオフィスはその妨げになるのだろうか? この疑問には、科学的な答えがある。

カリフォルニア大学バークレー校の認知神経科学者で職場の生産性コンサルタントでもあるサハル・ユーセフ(Sahar Yousef)氏は、人間は「部族」だと言う。つまり、人間は自らの社会集団と心のつながりを築きがちなのだ。

オープンオフィスでは、人々は心のつながりのある同僚とコンスタントにやりとりをすると、ユーセフ氏は指摘する。心理学的に、人間は仕事上のタスクよりも自身の周りの「部族」に気を取られるのだ。

だが、コーヒーショップでは、周囲に自分と心のつながりのある人間はおらず、仕事により集中できる。

この記事によると、会社のオープンオフィスでは、知り合いの同僚とのやりとりにリソースを割かなければならず、それゆえに生産性を下げてしまうが、これに対して、喫茶店では知り合いがいないから、仕事の生産性を上げることができるとの見解が示されています。

 以上の点を考慮すると、喫茶店における他者との関係は、次のように説明できそうです。

 人は喫茶店で集中したいときに、知り合いではない他者には見られたい、そしてまた知り合いではない他者を自分の視野に入れておきたいが、知り合いには自身の姿を見られたくない。ある意味で開放性と内向性を両立させうるような要素が喫茶店には存在し、これこそが喫茶店で仕事が捗る要因の一つと言えるのかもしれません。

 

「挙げられていないもっと根源的な理由があるような気がしてならない」(永井均

  最後に哲学者・永井均(@hitoshinagai1)先生によるコメントを紹介します。

永井先生は「挙げれれている理由はすべて正しいと思う」と、一応僕の書いたところまでは同意した上で、加えて「挙げられていないもっと根源的な理由があるような気がしてならない」と述べています。つまり、僕は「喫茶店で仕事が捗るのは何故なのか」という問いに対して、一定の諒解を得られるような暫定的な答えを述べてはいる。が、しかしながら、この問題に対してはより深く考察できるのではないか、という直観が永井先生の内にあるようです。

 そこで僕は永井先生に聞いてみました。

 「永井先生の考える「挙げられていないもっと根源的な理由」とは何でしょうか?」と。すると、永井先生からこのような返事をいただきました。

ですよねー!なるほど。「挙げられていないもっと根源的な理由があるような気がしてならない」が、それがまだ言語化されるに至っていない状態のようです。

 もし本当に「挙げられていないもっと根源的な理由がある」とすれば、僕もそれを知りたいと思います。 

 

おわりに

 「喫茶店と資本主義の精神——喫茶店で仕事が捗るのは何故なのか——」が多くの人々の目に触れたというのは嬉しい限りです。

 今回紹介したコメント以外にもコメントをいただいておりますが、残念ながら網羅的には紹介できておりません。とはいえ、いずれも目を通してさらなる思考のための刺激を受けております。拙い原稿をお読み頂き、どうもありがとうございました。