まだ先行研究で消耗してるの?

全然ロジカルじゃない(!)書きたいことをひたすら書くブログです。ノンロジカルエッセイ。

私にとっての〈在野研究者〉

目次

はじめに

 今回は、「私にとっての〈在野研究者〉」というテーマで書きたい。

 つい最近、Twitter上で私のタイムラインに「在野研究者」というワードが何度か登場した。どうやら荒木優太(編著)『在野研究ビギナーズ』(明石書店、近刊)の発売にちなんで、「在野研究者」についてコメントがなされていたようである。

www.akashi.co.jp

編著者の荒木優太さんは、すでに複数の著作を発売している現代の代表的な在野研究者である。荒木さんの著書は以下の通り。

magazine-k.jp

www.iwanamishinsho80.com

Twitter上の「在野研究者」についての意見

 ところで、Twitterで散見された「在野研究者」の呼称についてのご意見には、次のようなものがあった。 

1.「在野研究者」よりも相応しい名称がある(フリーランス・独立(系)研究者・日曜研究者など)

 Twitter上の「在野研究者」についてのコメントは、およそ10年近く前まで遡ることができた。ここ2、3年以内に絞ってみると、Researchmapの設立者であり、少し前まで「東ロボくん」プロジェクトを行う研究者としても有名な新井紀子先生が、以前次のように意見を集めていた。

人文系研究者の一部の方々は「在野研究者」よりも「独立研究者」の方が良い呼称だと考えているらしい。

彼らが「在野研究者」よりも「独立研究者」のほうがよい名称であると考えるのは、彼らが英語のIndependent scholarの訳語として相応しい呼び方を選んでいるからであろう。

日曜歴史家で有名な研究者にフィリップ・アリエス(Philippe Ariès、1914-1984)がいる。しかし、「在野研究者」にとって日曜日が公休日であるというのは、一つの思い込みである。もし私のように「在野研究者」が毎週のように日曜日に仕事をしていたら、「日曜研究者」と名乗ることはできないだろう。

2.「在野」とは辞書的には「官」に対する「民」を意味する。それゆえ「在野研究者」は、民間の私大に属する研究者をも含むので、意味をなさない

 企業倫理研究者の山下祐介さんは「在野研究者」について次のように述べている。

ここで山下さんは、「民間は皆在野」であり、「私立大は皆民間」であり、それゆえに私立の研究機関に所属する研究者は皆「在野研究者」であるという三段論法でもって、「本来は、国立の研究機関の研究員でもない限り皆在野だと思う」と述べている。他方で、山下さんが「いわゆる在野研究者になったことがある」と述べている時の「在野」の意味は、「全くどこにも所属していない完全な無所属状態(何かしらの研究機関の研究員でもなく、大学の院生やODやTAやポスドクや非常勤講師ですらない)」である。

 最近のいわゆる「在野研究者」の用法は後者である。前者の用法、つまり「在野」の「本来的」で語源的な意味(「官」に対する「民」)にしたがって、私大に所属する研究者をわざわざ「在野研究者」と呼ぶのは、大隈重信の時代でもない限り、紛らわしいので使わない。

「在野研究者」でもResearchmapに登録できる

 「在野研究者」は大学研究機関に所属していないから「在野」なのだが、登録者が基本的に大学研究機関に所属しているはずのResearchmapでは「在野研究者」も登録できるのだという。内野正弘さんは次のように述べている。

 私にとっての〈在野研究者〉

 私が大学院の修士課程を修了したのが2015年3月である。その後、私が在野研究者として活動を始めてから、およそ4年になる。

 私は研究成果をスピーディに生産できるほどの能力がなく、そもそも大学のなかでの就職を目的とするキャリア形成にも興味がなく、したがって博士課程に進学したところで研究者として大成できないだろうという見込みがあった。なので、私は修士で外に出てくることにした。

 とはいえ、私の記憶では、確か自分が19歳か20歳そこそこの時に「一生かけて社会思想史に取り組んでいきたい」という決意をしたことは覚えている。私にとって研究とはそもそも査読を通過して掲載されることを目的とするものではなく、自己了解を目的とするものである。だから、掲載される媒体にこだわりはない。このブログという媒体があれば十分である。

私が正式に自分を「在野研究者」として載せたのは、田上孝一編『権利の哲学入門』(社会評論社、2017年)の執筆者紹介欄である。各々が所属を書くことになっていたが、他の執筆者は(教員であれ博士課程の院生であれ)どこかの大学に所属していた。しかし、私は大学に所属していなかったので、自分をなんと称したいいか悩んだ。「会社員」と書くのも場違いな気がして、ふと荒木優太さんの「在野研究の仕方ーーしか(た)ない?」(マガジン航)に出てきた「在野研究者」のことを思い出して、熟読した。その上で私は「所属」の箇所に「在野研究者」と書いて提出した。つまり私が「在野研究者」という呼称を用いることができたのは、荒木優太さんが「在野研究者」として先に活躍していたからなのである。

 私は、研究職とは全然違う仕事をフルタイムでこなしながら、独自に「研究」を進めている。もしかすると研究のスピードが遅すぎて、他人から見たら研究しているようには見えないかもしれない。しかし、研究機関に所属していないのだから、そもそも年一本ぐらいは書かなければいけないということは全くない。自分のペースで進めていけば良いのである。私にとって〈在野研究者〉であるというのは、そういうことである。

 歴史を振り返ってみるならば、在野研究者はこれまでに数多く存在してきた。私にとって、歴史上有名な在野研究者の典型例は、カール・マルクスである。もちろんマルクスの時代には「在野研究者」という呼称はない。しかし、「研究者は大学研究機関に所属する者である」という観念は、極めて近代的な発想に過ぎない。

 マルクス資本論草稿の執筆過程こそ、彼の在野研究者としての活動と呼ぶに相応しい。マルクスの在野研究者としての研究スタイルを形作ったのは、彼が若い頃から死ぬまで続けた、膨大な書籍からの抜粋ノート作成の習慣である*1

 マルクスは、若い時にはブルーノ・バウアーに従って大学講師の道を目指していたはずだが、バウアーやフォイエルバッハをはじめとするヘーゲル左派の人々が大学からパージされてから、その流れでマルクスもまた大学での就職の目処がなくなってしまった。だから、マルクスは大学の外に活動の拠点を求めるしかなかった。

 マルクス独自研究によって生計を立てていたのではなかった。マルクスは経済学批判とは別にジャーナリストとしての仕事も行っていたし、エンゲルスに手伝ってもらいながら、『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』に11年間にわたって執筆していた*2マルクスの研究を資金面で実質的に支えていたのがエンゲルスであった*3。だから、マルクスを「在野研究者」と呼ぶことはできても、「独立研究者」とは呼ぶことは難しい。

 では、経営者エンゲルスならば「独立研究者」と呼ぶに相応しいと言えるだろうか。エンゲルスの業績の一つは、フェミニズムの古典ともなった『家族・私有財産・国家の起源』である。しかし、この著作はそもそもマルクスによるモーガン『古代社会』からの抜粋ノートなしにはあり得なかった。したがって、エンゲルスの研究もまたある意味でマルクス依存していたと言える。

 またマルクスを「在野研究者」と呼ぶことは、辞書的にも適切である。「在野」には「野党」という意味があるからだ。研究者にとっての「与党」は大学・研究機関などである。

 〈在野研究者〉はマージナルな存在である。これを英語で表記するならばIndependent scholarというよりはむしろmarginal ResearcherあるいはResearcher at the Marginsとなるだろう。

 〈在野研究者〉は複数の意味においてマージナルである。

 まず第一に、大学・研究機関から見て周縁に位置するという意味において、また同時に研究とは別の領域に所属する者でありながら研究を行うという意味でもまた周縁に位置しているからだ(Researcher at the Margins)。

 そして第二に、〈在野研究者〉は、研究の傍らで仕事をしているわけだが、その仕事に対して余剰な時間と資金(これらがもし余剰でない場合には、研究者自身の労働力の再生産に充てられるに過ぎない)を用いて研究を継続している(marginal Researcher)。

最後に書いておくが、以上の私のコメントは、あくまでも、私にとっての〈在野研究者〉について書いたまでであって、他の「在野研究者」たちの見解を代表するものでないし、他の人が同じ見解を有しているとはこれっぽっちも思っていないことを断っておく。

*1:マルクスによる抜粋ノートはMEGA第Ⅳ部門に収められている。この点について詳しくは大谷禎之介・平子友長編『抜粋ノートからマルクスを読む:MEGA第Ⅳ部門の編集と所収ノートの研究』(桜井書店、2013年)をみよ。

*2:「一八五一年の初めに、元フーリエ派で、この頃には奴隷制に反対する進歩派の『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』紙の社長であったチャールズ・デイナがマルクスに、イギリスとヨーロッパの諸問題に関する記事の寄稿を依頼した。ところがマルクスは英語の作文力に問題があったため、ドイツ語の原稿をエンゲルスが英語に翻訳しなければならなかった。そしてこれはたいていエンゲルスが自分でそれを書くことを意味していた」(トリストラム・ハント『エンゲルス:マルクスに将軍と呼ばれた男』東郷えりか訳、筑摩書房、2016年、258頁)。

*3:「「親愛なるエンゲルス氏」と、イェニーがよく呼びかけていた人物は、彼の年収の半分以上を常時、マルクス家の為に割り当てていた。総計すると、彼が雇用されていた二〇年のあいだに三〇〇〇ポンドから四〇〇〇ポンド(今日に換算すれば三〇万ポンドから四〇万ポンド)になる」(トリストラム・ハント、前掲書、250〜251頁)。