まだ先行研究で消耗してるの?

全然ロジカルじゃない(!)書きたいことをひたすら書くブログです。ノンロジカルエッセイ。

西周「百学連環」とencyclopedia

最近、「西周賞」というものが創設されました。

応募資格は40歳以下の若手研究者で、「ひろく西周にかかわる学術論文」というテーマで募集しています。締め切りは平成30年7月20日(必着)。賞金は10万円です。

www.tsuwano.net

僕はこの西周賞の募集を見て、すでに西周(1829-1897)*1について調べ始めています。半分ぐらい本気で書いてみようかなという感じです。

とりあえず書店で手にとって買えた文献は、山本貴光『「百学連環」を読む』(三省堂、2016年)でした。

山本さんの本を読むと、途中から西周の「百学連環」について学んでいるのか「ウェブスター英語辞典」について学んでいるのか分からなくなってきます(笑)*2

育英社での西周の講義を弟子の一人である永見裕が筆記したものが「百学連環」と呼ばれているのですが、この「百学連環」というタイトルは西洋のencyclopediaからきています*3西周ギリシア語の語源に遡り、「円環」(kuklos)と「子供」「教育」(paidos)という語を意識して、「英国のEncyclopediaなる語の源は、希臘のΕνκυκλιοζ παιδειαなる語より来りて、即其辞儀は童子を輪の中に入れて教育なすとの意なり」*4と述べています。

ところで、encyclopediaについて考察する際に、西洋哲学史上重要なものとして真っ先に思いつくのは、ディドロダランベールの手によって編集された『百科全書』*5と、ヘーゲルの『エンチクロペディー』*6です。

ディドロダランベールの『百科全書』は複数の文化知識人の書き手による記事の集大成という性格を持っていますが、これに対して、ヘーゲルの『エンチクロペディー』は知識が体系的に記述されている(そしてこれこそがWissenschaftである)点が特徴的です*7西周は一般的には明治の啓蒙思想家と紹介されており、この点で前者すなわちフランスの啓蒙思想家に接点があるように見えます。が、しかしながら、「百学連環」の体系性という面に着目すると、西周が思想的に近いのはむしろ後者すなわちドイツの哲学者ヘーゲルであるような気がします*8

もっとも西周が学問の体系を重視するようになったのは、西周がオランダに留学し学んだライデン大学のフィッセリング*9教授による影響が強いと思われますが、この辺りをもう少し調べてみなければと思う次第です*10

 

文献

*1:「日本近代哲学の父」とも呼ばれる明治期の重要な啓蒙思想家。最初に「哲学」の語を用いた学者として知られる。西曰く、他に「理性(reason)」「悟性(understanding)」「感性(sensibility)」「覚性(sense)」「演繹(deduction)」「帰納induction)」「観念(idea)」「命題(proposition)」「主観(subject)」「客観(object)」「総合(synthesis)」「分解(analysis)」「実在(being)」などの訳語を造語した。西周の用いた訳語の列挙について、詳しくは小泉 [2012]をみよ。

*2:小玉齊夫によれば「Noah Webster による『A Dictionary of the English Language』の初版は1828年であるが, 西周が依拠したのは, おそらく, Ch. A. Goodrich 及び N. Porter によって増補改訂された1864年版である」(小玉 [1986]、57頁)。

*3:この点、詳しくは渡辺 [2008]をみよ。

*4:西周「百学連環」『西周全集』第四巻、11頁。

*5:正式なタイトルは『百科全書、あるいは学問と技芸・工芸の総辞典』である。L'Encyclopédie, ou Dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers, par une société de gens de lettres. 1751-1772. 逸見 [2006]も参照のこと。

*6:G.W.F. Hegel, Enzyklopädie der philosophischen Wissenschaften im Grundrisse. 1817.

*7:「哲学体系をこのように「エンチュクロペディー」として表す仕方は、近代ドイツ哲学においてひとつの主流であったと言えるが、ヘーゲルの右の定義にも示唆されているように、この構想はしばしば、フランスの百科全書 百科全書 アンシクロペディに代表されるような知の集合体(Aggregat)を構築するプロジェクトへの批判を含んでいる。周知のように〈エンチュクロペディー〉という語は〈知の円環〉を意味するギリシア語に由来するが、この言葉に関連させていうなら、百科全書と近代ドイツの哲学的エンチュクロペディーとでは、〈円環〉という言葉のもとで理解される意味が決定的に異なる。すなわち、百科全書において円環が、諸学問の対象や方法を委細を尽くして網羅する(einschließen)という、内容的な完結性を表す意味をもつとすれば、カントやヘーゲルたちが試みた哲学的エンチュクロペディーにあって、円環は、広汎な哲学的諸学問の内容をそれらの「根本概念」に限定し、概略ないし輪郭(Grundriss, Umriss)という形で表すという、形式に関わる意味をもっている。この形式に関わる意味として何より、〈全体が部分に先立つ〉という体系固有の概念構造が前提におかれていることはもはや言うまでもない。」(阿部 [2018]、98〜99頁)。この後に続けて阿部はエンチュクロペディーの「教授法的な視座」についても説明しているので、ぜひ参照されたい。

*8:この点は井上 [2017]も参照のこと。井上は、西周が常にヘーゲル、とりわけ彼の『歴史哲学講義』を意識しつつも、西周ヘーゲル評価が徐々に高評価から低評価へと移り変わっていると分析している。ちなみに「性法」とは「自然法」のこと、「利」はミルのいわゆる「功利」のこと(西周は1877年にジョン・スチュワート・ミル"Utilitarianism"功利主義)を『利学』というタイトルで翻訳出版している)。西周津田真道とともにフィセリング教授から性法(自然法Natuurregt)・万国公法(国際法Volkenregt)・国法学(Staatsregt)・制産之学(経済学Staathuskunde)・政表之学(統計学Statistiek)の五科を体系的に学んでいる(渡部 [2008]、24頁)。

*9:Simon Vissering, 1818-1888. 長尾龍一「フィセリングと自然法」も参照のこと。

*10:渡部は「百学連環」の体系よりもむしろ分節性に着目している。「一般に「百学連環」は西洋学問を体系的に紹介したと言われる。確かにそれは間違ってはいない。だが注意しなくてはならないのは、西が力点を置いているのは体系の包括性ではなく、むしろ分節性である。「結びついている」というよりも「切れている」ことの重要性である。」(渡部 [2008]、32頁)。