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【読書メモ】フランシス・ギース『中世ヨーロッパの騎士』(椎野淳訳、講談社学術文庫、2017年)

以前、「セールスマンとは中世の騎士のようなもの」という記事を書きました。

sakiya1989.hatenablog.com

この記事を書いた後で、そもそも「中世の騎士」ってどんな存在なんだっけ?ということが頭の片隅で常に気になっていました。

よくよく考えてみると、僕のイメージしている「中世の騎士」とは戦士としての騎士であり、しかもフィクションによるところが大ですから、もしかすると自分はドン・キホーテのような記事を書いてしまったのかもしれません(恥)。

 

実際のところ「中世の騎士」とはどのようなものなのでしょうか。フランシス・ギースは「黎明期の騎士」について次のように述べています。

「フランスでは混乱に満ちた10世紀から騎士の称号として「ミレース」という語が登場してくる。ここでいう騎士が自由人としての農民なのか、下級貴族の子孫なのかは地域によって違いがあるようだ。身分としては上流階級の最下層に位置し、まだ貴族とはみなされていなかった、というのが現在の定説である。保有する土地はごく狭い。ノルマンディ人が封建制と騎士身分をイングランドに伝えたあとの、ドゥームズデーブック(1086年の土地台帳)の時期になっても、騎士の平均的封土は「非常に富裕な農民をわずかに上回る」にすぎなかった。ノルマン征服ののち、アングロサクソン人が「ミレース」に代わる言葉として選んだのが「クニヒト(従僕)」ー君主に軍事的奉仕をする下級の兵士で、以前は歩兵だったーだったところにも、騎士の身分の低さが表れている。」(フランシス・ギース『中世ヨーロッパの騎士』椎野淳訳、講談社学術文庫、2017年、24〜25頁)

フランス語の「シュヴァリエ」であれ、ドイツ語の「リッター」であれ、「騎士」とは鎧を身にまとって馬の上に乗って戦う兵士のことを意味しています。

騎士は十字軍遠征を経て宗教的な後ろ盾を持ち、他方でその精神はアーサー王物語に代表されるように文学化されもしました。

騎士道精神は正義を規範化したものですが、実際の騎士の振る舞いは様々で、野蛮な人もいれば高貴な人もいたようです。

フランシス・ギース『中世ヨーロッパの騎士』椎野淳訳